#024 成長すると、なぜ「できない」が増えるのか?
昔より、できることは確実に増えている。
仕事でも、家庭でも、以前より多くのことを担うようになった。
それなのに、「自分は成長した」という実感は、なぜかあまりない。むしろ、できないことばかりが目につく。
今回は、そんな少し不思議な「成長の見え方」について考えてみます。
気づけば、昔よりできることは増えている。
仕事では、一人で判断できることが増えた。
以前なら上司に聞いていたことを、今は自分で決めている。
後輩から相談されることも増えた。
家に帰れば、また別のことを考える。
子どもの予定。
家族のこと。
これからのお金のこと。
少しずつ年齢を重ねていく親のこと。
昔より、できることは確実に増えた。
なのに。
「自分はずいぶん成長したな」
そんな実感は、あまりない。
むしろ、
まだ足りない。
もっとちゃんとしなければ。
そんなことを考えている時間の方が、増えた気さえする。
できることは増えた。それなのに。
少し不思議だ。
若い頃より、知っていることは増えた。
できることも増えた。
経験だって積んできた。
それなら本来、年齢を重ねるほど、
「以前より、ずいぶんできるようになった」
と感じてもよさそうだ。
でも、実際にはそうならない。
なぜだろう。
もしかすると私たちは、
自分の「できること」だけを見て、成長を測ろうとしているのかもしれない。
動いているのは、自分だけではない
成長を一本の線として考えてみる。
新人だった頃の能力が30。
経験を積んで50。
さらに成長して70になった。
30 → 50 → 70
この数字だけを見れば、明らかに成長している。
ところが、現実ではもう一本の線も動いている。
自分に求められるものだ。
最初は、自分の仕事を一人で完了できればよかった。
それができるようになると、後輩を支えることを求められる。
さらに任されるようになれば、自分の仕事だけではなく、チームの成果にも責任を持つようになる。
できるようになる。
すると、次を任される。
任されると、役割が変わる。
役割が変わると、求められるものが変わる。
つまり、
できるようになる
↓
任されるようになる
↓
役割・責任が変わる
↓
求められるものが変わる

ここで、少し奇妙なことが起きる。
以前なら、
「できるようになった」
と感じていた能力が、新しい役割では、
「できて当然」になる。
成長した能力が消えたわけではない。
その能力が、次の役割に立つための前提に変わったのだ。
成長したから、また「できない」が現れる
何もできない人に、大きな判断はなかなか任されない。
一人で仕事を進められるようになったから、後輩を任される。
周囲を動かせるようになったから、チームを任される。
目の前だけでなく先を考えられるようになったから、より長い時間軸での判断を求められる。
つまり、
求められるものが変わったこと自体が、それまでの成長の結果でもある。
少し皮肉な構造だ。
できるようになる。
だから、次を任される。
次を任される。
すると、また「できない」が現れる。
それができるようになると、さらに次を任される。
成長するほど、「できる」は増えている。
それなのに、自分が立っている場所から見えるのは、いつも次の「まだできない」だ。
だから私たちは、
すでにできるようになったことではなく、
いま足りないものを見て、自分の成長を判断してしまう。
人生でも、役割は動いていく
この構造は、仕事だけではない。
人生では、いくつもの役割が時間とともに変わっていく。
自分のことを自分でできるようになる。
誰かと暮らすようになれば、自分だけでは決められないことが増える。
子どもが生まれれば、自分の時間だけではなく、誰かの時間にも責任を持つようになる。
そして子どもが成長すると、今度は「やってあげる」だけではうまくいかなくなる。
任せる。
待つ。
見守る。
求められることそのものが変わっていく。
一方で、自分の親も年齢を重ねていく。
かつて支えてもらっていた関係が、少しずつ変わることもある。
昨日までと同じ自分で生きているつもりでも、
自分を取り囲む役割の配置は、時間とともに変わっている。
仕事では、プレイヤーから支える側へ。
家庭でも、支えられる側から支える側へ。
一つの役割に慣れた頃には、別の役割が変わり始める。
だから、大人の成長は一本の階段では捉えにくい。
できることが増えるのと同時に、
背負うものも、
考える範囲も、
求められることも変わっていく。
「昔の自分と比べる」だけでも足りない
「他人と比べず、過去の自分と比べればいい」
よく聞く言葉だ。
たしかに、それで見える成長もある。
でも、長い時間で考えると、それだけでは少し足りない。
10年前の自分と今の自分では、そもそも担っている役割が違う。
責任も違う。
判断していることも違う。
求められていることも違う。
「自分の仕事をきちんと終える」
ことを求められていた自分と、
「チーム全体が成果を出せる状態をつくる」
ことを求められている自分。
それを、同じ一本のものさしで比べられるだろうか。
人生でも同じだ。
自分のことだけを考えていた頃と、
いくつもの役割を抱えている今。
単純に、
「どちらの自分の方が、うまくできているか」
とは測りにくい。
時間が経つと、
自分だけでなく、自分を測る条件まで変わっている。
だから、昔と今の「できる」を並べるだけでは、見えない成長がある。
成長は、どこに残っているのか
もし、
「自分はあまり成長していない」
と感じることがあったら。
できるようになったことだけを数えるのではなく、少し違うところを見てみる。
昔の自分は、何を任されていただろう。
今の自分は、何を任されているだろう。
昔は、どこまで考えればよかっただろう。
今は、誰のことまで考えて判断しているだろう。
そこを並べてみる。
すると、
「まだできていない」
と思っていた現在地が、少し違って見えるかもしれない。
昔より楽になっていないことは、成長していない証拠とは限らない。
以前より難しい場所に立っているのかもしれない。
以前より多くのものを背負えるようになったから、そこにいるのかもしれない。
Layer Zero Lens
成長は、「できるようになったこと」だけに残るのではない。
「求められるようになったこと」にも残っている。

成長が見えなくなったら、
昔と今で、
「何ができるか」だけではなく、
「何を任されているか」も比べてみる。
いまでは当たり前になってしまった「できること」。
いつの間にか任されるようになったこと。
そこには、自分では見えにくくなった時間が積み重なっている。
いま求められていることの中にも、
これまでの成長は残っている。
次に読むなら
成長すると、自分の役割も、見える範囲も変わっていく。
では、これから先を考えるとき、私たちは何を「変わらないもの」として置いているのでしょうか。
未来を考えるときに、無意識に固定しているものを見直します。
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