#040 その違い、なくしていいですか?
意見が違うと、私たちはその「間」を探そうとします。
でも、差やギャップ、ズレが生まれたとき、その扱い方は一つなのでしょうか。今回は、二者の間にある「違い」をどう扱うのか、合意に至るまでの構造から考えます。
会議で、二つの意見がぶつかっていました。
一方は、「対象は絞った方がいい。広げすぎると、結局誰にも刺さらなくなる」と言う。もう一方は、「そこまで絞ると使える顧客が限られる。ある程度の汎用性は必要だ」と考えている。
どちらにも理由があり、議論を続けても簡単には一つになりません。
しばらくして、誰かがホワイトボードに書かれた二つの案の間を指しました。
「では、この辺りでどうでしょう」
二人とも少し考えたあと、「それなら」と頷く。会議は無事に終わり、議事録には「方向性について合意」と残ります。
何もおかしなところはありません。
それでも、少しだけ気になることがあります。
この会議でつくりたかったものは、本当に「合意」だったのでしょうか。
本来の目的が、より良いサービスをつくることだったとすれば、二人が納得できる場所を見つけることと、より良い答えを見つけることは、必ずしも同じではありません。
意見の違いは、どこから来るのか
意見が違うと、私たちはその違いをどう埋めるかに目を向けます。A案なのかB案なのか、どちらが正しいのか、どこまでなら互いに譲れるのか。
ここで言う「違い」は、意見が一致していないことだけではありません。
仕事の中では、それを差と呼ぶこともあれば、ギャップやズレと感じることもあります。
知っている情報に差がある。経験してきたことにギャップがある。同じ状況を見ているのに、置いている前提や制約がズレている。立場が違えば、見えているものも、守ろうとしているものも変わります。
表面では「意見が違う」と見えていても、その下にあるものは一つではありません。
たとえば営業には、顧客から聞いた声があります。一方、開発には技術的な難しさが見えている。経営には事業として成立するかが見え、現場には実際に運用するときの負荷が見えている。
誰かが間違っているから、答えが違うとは限らない。
違う場所に立ち、違うものを持っているから、違う答えが出ていることがある。
そう考えると、差やギャップ、ズレは、必ずしも埋めるべき「不足」とは限らなくなります。
むしろ、その間に何があるのかを見れば、それまで一方からは見えていなかったものが見つかるかもしれません。
だから、答えが違うこと自体は、それほど不思議なことではない。
気をつけたいのは、その違いを見つけた瞬間に、「では、どう合意しましょうか」と次へ進んでしまうことです。
表面に現れた意見を動かす前に、その下を少しだけ見てみる。
何が違うから、答えが違っているのだろう。

違いが見つかったら、何をする?
違いの理由が見えてきたとしても、まだ一つにまとめる必要はありません。
次に考えたいのは、
この違いに、何をさせたいのか。
ということです。
たとえば、明日の集合時間について、一人は10時がいいと言い、もう一人は11時がいいと言っている。この違いを何時間も掘り下げる必要はなく、どちらかを選び、必要なら少し調整して決めればいい。
一方で、取引条件について意見が違うなら事情は変わります。
買う側には予算があり、売る側には採算がある。どちらか一方の条件だけを通せば、関係そのものが成立しないかもしれません。ここでは互いの制約を確かめながら、双方が動ける条件をつくる必要があります。
さらに、親と子で進路について意見が違うとしたらどうでしょう。
親には、これまでの経験から先のリスクが見えている。子どもには、自分がこれからやってみたいことが見えている。どちらかに決める前に、「なぜそう考えているのか」を知ることで、親も子も、それまで自分には見えていなかったものに気づくかもしれません。
意見は一致しなくてもいい。
二人が持っている世界が、少し広がればいい。
同じ「違い」から始まっていても、そこに求める役割は同じではありません。
あるときは、違いを収束させて選択する。
あるときは、互いの制約を確かめながら調整する。
あるときは、違いを残したまま相手の世界を理解する。
そして、ときには、違いを新しいものを生み出す材料として使うこともできます。
二人の間を取らない
最初の会議に戻ってみます。
営業は、「顧客はもっと自由に選べるようにしてほしい」と考えている。一方、開発は、「選択肢を増やすほど複雑になり、顧客はかえって迷う」と考えている。
二つの意見の間を取るなら、答えはそれほど難しくありません。
「では、選択肢を少しだけ増やしましょう」
双方が少しずつ譲れば、合意できる場所は見つかります。
でも、一度だけ合意することをやめて、二つの意見をそのまま置いてみます。
顧客は、もっと選びたい。
そして、選択肢が増えると、顧客は迷う。
どちらかを否定せず、二つとも正しいとしたらどうなるでしょう。
すると、「増やすか、減らすか」という最初の問いそのものが、少し違って見えてきます。
顧客が本当に欲しいのは、たくさんの選択肢ではなく、自分に合ったものを選べることなのかもしれない。
そう考えれば、選択肢を増やすか減らすかではなく、顧客の状況に応じて必要な選択肢を絞り込む、という別の方向が見えてきます。
これは、営業案と開発案の中間ではありません。
どちらかが最初から持っていた答えでもありません。
違うものを見ていた二人が、その違いを残したまま考えたから生まれた第三のものです。
最大公約数を探したのではなく、二つの違いを掛け合わせた。
ここに、違いのもう一つの使い道があります。
「合意形成」の前にあるもの
こう考えると、意見が違ったときに必要なのは、「どう合意するか」を考えることだけではなさそうです。
早く行動するためなら、収束させればいい。双方が成り立つ条件が必要なら、調整すればいい。自分には見えていないものを知りたいなら、違いを残して理解すればいい。
そして、まだないものをつくりたいなら、違いを消さずに掛け合わせてみる。
どれが優れているわけでもありません。
問題なのは、目的を見ないまま、すべての違いに同じ処理をしてしまうことです。
新しいものをつくろうとして人を集めたのに、意見が割れた瞬間から「どうまとめるか」を考え始める。せっかく違う経験、違う情報、違う視点を持った人が集まっているのに、会議が終わるころには全員が同じことを言っている。
それは本当に、良い合意形成なのでしょうか。
組織では、「決まったこと」が成果として見えやすいものです。
「結論は何か」「誰がやるのか」「いつまでにやるのか」。最後にはそれを決めなければ、仕事は前へ進みません。
だから、合意することそのものに問題があるわけではありません。
ただ、合意を必要とするのは、多くの場合、動くためです。
その前には、まだ考えるための時間があります。
違いが現れたら、なぜ違うのかを見てみる。その違いを何に使うのかを考え、必要なら二つをぶつけてみる。そこから何かが生まれたあとで、動くために収束する。
私たちは、この途中を少し短くしすぎているのかもしれません。
違い → 合意
ではなく、
違い → 探索 → 形成 → 合意
と考えてみる。
「形成」の中でつくられるものは、いつも同じではありません。
互いに動ける条件かもしれない。相手への理解かもしれない。問いそのものが変わることもあれば、どちらも思いつかなかった第三案が生まれることもある。
そう考えると、「合意形成」という言葉も、少し違って見えてきます。
私たちは合意する前に、すでに何かを形成している。
むしろ、その部分にこそ、二人で考える意味があるのかもしれません。
違うから、一緒に考えられる
人によって、世界の見え方は違います。
持っている情報が違い、経験が違い、置いている前提や制約も違う。同じ場所にいても、同じ世界が見えているとは限りません。
その違いに気づくことは大切です。
でも、そこで終わる必要はありません。
自分にはAが見えていて、相手にはBが見えている。
だから相手を理解しようとするだけでなく、AとBがあるからこそ見えるCがあるかもしれない。
答えは、最初からどちらかの中に存在しているとは限りません。
違うものを持った二人の間で考えることで、初めて生まれるものがあります。
差がある。ギャップがある。ズレがある。
私たちは、それを見つけると、埋めたり、縮めたり、直したりしたくなります。
もちろん、それが必要な場面もあります。
でも、すべての違いをなくす必要はありません。
ときには、その違いこそが、二人で考える理由になります。
だから、違いを見つけたら、すぐに埋めるのではなく、一度だけ問いを置いてみる。
この違いに、何をさせたいのだろう。
そして、新しいものをつくりたいのなら。
二人の間ではなく、二人の先にあるものを探してみる。
合意するのは、それからでも遅くありません。

次に読むなら
違いをなくさなくても、互いに大切にしているものは見えてくる。
では、それでも意見が違ったままだったら、私たちはどう決めればいいのでしょうか。
次は、「分かり合うこと」と「決めること」を分けて考えます。
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