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#034 「あの人なら分かる」は、会社の能力ですか?

会社には、人や知識、経験、データなど、さまざまな能力があります。今回は、それらが「会社として使える能力」になるのはどんなときなのか、組織の中にあるつながりから考えます。


顧客から、少し難しい質問を受けた。

顧客から、少し難しい質問を受けた。

仕様書を読めば答えが見つかるような話ではない。過去の経緯が絡み、今回だけ少し条件も違う。担当者は手元の資料を確認したあと、しばらく考えてこう言った。

「それなら、Aさんに聞いてみます」

Aさんに聞くと、話は早かった。

以前にも似た案件があったことを思い出し、過去の資料を探す。ただ、そのまま使えるわけではないことにも気づいて、技術部門へ確認を入れる。さらに今回だけ違う条件が見つかると、別の担当者にも話を聞いた。

そうして集めた情報を整理し、最後は自分で判断して、顧客への回答をまとめる。

こうして見ると、この会社には確かに、その問いに答える能力があるように見える。

少なくとも、Aさんがいる間は。


失ったのは、本当に「知識」だったのか

しばらくして、Aさんが異動することになった。

もちろん、何も残さずにいなくなるわけではない。引き継ぎ資料をつくり、過去の案件を整理し、よくある問い合わせについては後任にも説明した。

それでも、以前と同じようにはいかない。

難しい質問が来るたびに回答まで時間がかかり、以前なら早い段階で気づけた問題を見落とすこともある。資料は残っているし、専門家も会社の中にいる。過去の案件が消えたわけでもない。

それなのに、なぜか解けない。

会社が失ったのは、本当にAさんが持っていた「知識」だけだったのだろうか。

Aさんは確かに多くのことを知っていた。ただ、それ以上に、どの過去案件を見ればいいのか、誰に確認すればいいのか、何を自分で判断し、どこから別の人に委ねるべきなのかを知っていた。

つまりAさんが持っていたのは、答えの束だけではない。

問いを、解ける場所まで運ぶための地図も持っていた。


会社の中に「ある」と、会社が「できる」は違う

会社の中を見渡せば、たくさんの能力が見つかる。

経験豊富な人がいて、それぞれの領域に専門部門がある。長年の仕事から生まれた過去案件やデータも蓄積され、業務を支えるシステムもある。そこへ今は、AIという新しい道具も加わり始めている。

これだけ揃っていれば、「この会社には多くの能力がある」と言ってよさそうに思える。

けれど、顧客から具体的な問いを投げられた瞬間、その景色は変わる。

必要な知識が会社のどこかにあっても、それがどこにあるのか分からなければ使えない。似た案件が残っていても、そこへ辿り着けなければ参考にはならない。専門家が社内にいても、その人の存在を知らなければ、目の前の問いとはつながらない。

さらに、見つけた後にも距離がある。

その情報を今回の条件に当てはめていいのか。別部門に確認する必要があるのか。どこまで自分で決められるのか。誰の判断を通せば、会社として回答したことになるのか。

こう考えていくと、会社の中に能力が存在することと、会社としてその能力を使えることの間には、思った以上に距離がある。

「持っている能力」と「発現できる能力」は、同じではない。


全員が、すべてを知る必要はない

この問題を「属人化」と捉えると、解決策は知識の共有へ向かいやすい。

ベテランの経験を言語化し、マニュアルをつくり、情報を一か所へ集める。それ自体はもちろん意味があるし、標準化できる仕事なら大きな効果もある。

ただ、組織が大きくなり、扱う問題が複雑になるほど、すべての人がすべてのことを知るのは難しくなる。

そして、おそらく知る必要もない。

顧客の前に立つ担当者が、技術の詳細まですべて覚えている必要はない。何年分もの過去案件を頭に入れておく必要もなければ、社内のあらゆる専門領域に詳しくなる必要もない。

自分では答えを知らなくても、「この問いなら、ここから解ける」と分かっていれば、会社として答えに辿り着ける。

必要な情報を見つけ、必要な人へつながり、それぞれが持つ知識を組み合わせる。必要であれば判断できる人まで問いを運び、最後に顧客へ返せる形へ変える。

この一連の動きの中では、誰か一人が最初から答えを持っている必要はない。

ここに、個人の能力とも、単純な標準化とも違う、「組織としてできる」という状態がある。


能力は、どこで「会社の能力」になるのか

会社の中に存在する能力が、実際の仕事で使われるまでには距離がある。

専門家がいる。経験がある。過去案件やデータが残っている。AIやシステムも使える。

まずは、そこに「ある」。

けれど、目の前の問いに使うためには、それを見つけ、つながり、今回の条件に合わせて組み合わせ、最後は会社としての判断や回答へ変えなければならない。

言い換えれば、

持っている → 見つけられる → つながれる
→ 組み合わせられる → 発現できる


という距離がある。

ここで大切なのは、この順番そのものではない。

途中のどこかで道が切れていれば、その先にいる顧客や現場からは、その能力が見えないということだ。

専門家を増やせば、保有している能力は増える。データを蓄積すれば、利用できる材料も増える。高性能なAIを導入すれば、扱える情報の量も増える。

それでも、それらが必要な場所まで届かなければ、「会社としてできること」が同じだけ増えるとは限らない。

組織能力は、持っている能力の総量だけでは測れない。

その能力を、必要な場所まで届けられるか。
そこまで見て初めて、「会社ができること」が見えてくる。

組織能力の発揮とは


AIが広げるのは、一人の「知識」だけではない


これまで多くの会社では、社内に散らばる能力をつなぐ役割も、人が担ってきた。

「あの件ならAさんに聞けばいい」「昔の経緯ならBさんが知っている」「その顧客ならCさんに確認した方がいい」。

長く会社にいる人ほど仕事ができるように見える理由の一つは、単純に知識が多いからだけではない。誰が何を知っていて、どこに何が残り、どういう順番で話を通せば会社が動くのかという、目に見えない地図を持っているからでもある。

AIは、この前提を変える可能性がある。

社内に残る情報を横断し、過去の案件を探し、関連する知識を結びつけ、必要な専門性へ人を導けるようになれば、その地図を一人ひとりがすべて記憶しておく必要はなくなる。

ここで起きるのは、一人の人間が「何でも知っている人」になることではない。

一人から届く、会社の能力の範囲が広がることだ。

自分自身が知っていることと、自分を起点に会社としてできることが、少しずつ離れていく。

AIによる能力拡張というと、個人がより速く書ける、調べられる、分析できる、といった変化を想像しやすい。

けれど企業の中では、一人の能力そのものを大きくするのではなく、一人から使える「組織の能力」を大きくするという変化も起こり得る。


それでも、「見つかる」だけでは解けない

ただし、必要な情報が見つかれば、それで組織能力になるわけでもない。

過去案件は見つかった。詳しい専門家も分かった。AIが論点も整理してくれた。

それでも、誰が最終的に判断するのか分からなければ回答は止まる。別部門へ相談できても、その部門が動く理由がなければ前へ進まない。情報としては正しくても、今回の条件に適用してよいのか判断できなければ、会社として答えることはできない。

「解ける構造」は、情報へのアクセスだけでは成立しない。

そこには人がいて、知識があり、関係があり、権限があり、判断がある。そしてAIやシステムも、その一部として組み込まれていく。

組織能力は、それらのどこか一つに保管されているものではない。

必要な瞬間に、それらをつなぎ、問いへの答えとして発現させられる構造の中に現れる。


「あの人なら分かる」の見方を変える

そう考えると、「あの人なら分かる」という状態の見方も変わる。

それを見つけた瞬間に、すべてを「悪い属人化」と捉える必要はない。

専門性は人に宿るし、長い経験の中でしか身につかない判断もある。それを無理に分解し、全員へ均等に移そうとすれば、かえって失われるものもあるだろう。

見るべきなのは、その人の頭の中だけではない。

その人がどの情報を見て、誰につながり、何と何を組み合わせ、どこで自分の判断を使っているのか。

もし、その「解ける構造」までその人の中に閉じているなら、その人がいなくなった瞬間、会社が使える能力も一緒に小さくなる。

反対に、専門性そのものはAさんに残っていても、そこへ他の人から辿り着ける。必要な情報も見つかり、判断の境界も分かり、Aさん以外の人がフロントに立っても会社として問いを解ける。

そうなれば、Aさんの能力はAさんだけのものではなく、組織から使える能力にもなっていく。

顧客から見えるのは、会社の中にいる専門家の数でも、蓄積されたデータの量でもない。目の前にいる一人を通じて、その会社がどこまで答えに辿り着けるかが見えている。

その一人が、最初から答えを知っている必要はない。

問いが変わっても、担当者が変わっても、「自分には分からない。でも、この会社なら解ける」と言えるところまで、会社の能力につながっているか。

そこで再現したいのは、同じ答えではない。

問いが変わっても、解ける構造へ辿り着けること。

「あの人なら分かる」を見つけたら、その人が持つ答えだけを見るのではなく、その人が何につながり、どう問いを解いているのかを見る。

組織能力の発揮メカニズム

Layer Zero Lens

会社の能力は、「持っている」ではなく「届く」で見る。

会社の「できる」は、その能力が必要な場所まで届く範囲によって変わっていく。


次に読むなら

「あの人が知っている」だけでは、まだ会社の能力とは言い切れない。では、組織が時間をかけて積み上げてきた知識や文脈は、AI時代にどんな価値を持つのでしょうか。

次は、今日導入できるAIと、今日にはつくれない「会社の過去」を考えます。

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