#047 「別の切り口」は、どこから見つければいいのか
答えが出ないとき、足りないのは発想力とは限りません。
考えているつもりでも、いつの間にか動かさなくなっている前提があります。
今回は、「別の切り口」がどこから生まれるのか、その仕組みを考えます。
「別の切り口で考えてみよう」の、その先
同じことを何度考えても、なかなか答えが出ない。
会議ではいくつかの案が出ているし、必要な情報もある程度そろっている。それでも決め手がなく、議論は似たようなところを行ったり来たりする。
そんなとき、「ちょっと、別の切り口で考えてみよう」という言葉が出ることがある。
たしかに、同じ考え方を続けても答えが出ないなら、切り口を変えた方がよさそうだ。
でも、そこで意外と困る。
その「別の切り口」は、どこから見つければいいのだろう。
経験のある人なら、すぐに違う見方を出せることがある。知識が豊富な人なら、使えそうなフレームワークもいくつも知っている。
そう考えると、切り口の多さは、経験や知識、あるいは発想力によって決まるようにも見える。
けれど、普段使っているフレームワークを少し違う角度から眺めてみると、別の構造が見えてくる。
フレームワークを置くと、なぜ問いが変わるのか
たとえば、売上が伸びない理由を考えているとする。
商品に問題があるのか。価格なのか。営業活動なのか。思いつく原因を並べても、なかなか次の一手が見えてこない。
そこで3Cを置けば、顧客・競合・自社という異なる主体から考えるようになる。短期・中期・長期で整理すれば、今起きていることだけでなく、時間による変化を見るようになる。5 Whysを使えば、目の前の現象から、その奥にある原因へと問いが進んでいく。
フレームワークを置いたからといって、新しい情報が突然増えたわけではない。
それなのに、それまでとは違う問いが出てくる。
なぜだろう。
3Cなら、「誰から考えるか」が変わる。As-Is/To-Beなら、「どの状態を考えるか」が変わる。時間軸なら「いつを見るか」が変わり、ロジックツリーなら、一つの塊として扱っていたものを分けて考えるようになる。
形も用途も違うけれど、その裏側では、
それまで動かしていなかった何かを変えている。

答えを探す前に、何を固定しているかを見る
問題について考え始めた時点で、実は多くのことがすでに決まっている。
誰の問題として考えるのか。どの時間を対象にするのか。どこまでを問題の範囲に含めるのか。何を一つの塊として扱い、何と何の関係を見るのか。
厄介なのは、それらを「決めた」という感覚がほとんどないことだ。
営業会議なら営業の問題として考える。今月の数字が悪ければ今月の施策を考える。ある工程でトラブルが起きれば、その工程の中から原因を探す。
どれも間違ってはいないし、最初はそう考える方が自然なことも多い。
ただ、その中で答えが見つからなくなったあとも、最初に置いた前提は残り続ける。
すると、同じ人、同じ時間、同じ範囲の中で、さらに詳しく調べ、さらに多くの案を出そうとする。
考えているのに進まない。
そんなとき、足りないのは考える量ではないのかもしれない。
「いま、何を固定したまま考えているのか」を探してみる。
固定されているものが見つかれば、そこに別の切り口をつくる余地が生まれる。
「変える」は、「広げる」とは限らない
売上が伸びないという問題なら、まず考える主体を変えてみることができる。
いま買っている顧客ではなく、買わなかった人から考えてみる。それだけで、商品や営業の問題に見えていたものが、比較のされ方や、購入前の情報の問題として見えてくるかもしれない。
時間を変えることもできる。
今月の数字だけではなく、商品を知ってから購入し、その後使い続けるまでをたどれば、問題が起きている場所そのものが変わる可能性がある。
範囲を広げれば、営業だけを見ていたときには気づかなかった、商品やサポートとの関係が見えることもある。
ただし、ここで「もっと広く見ればいい」と決めてしまうと、それ自体が新しい固定になる。
問題が大きすぎるなら、むしろ狭めた方がいい。
「売上」という大きな塊では何も見えないなら、認知、問い合わせ、商談、購入、継続利用と分けてみる。複雑な関係が邪魔をしているなら、一度切り離して考えてみる。長い時間の変化ばかり追っているなら、ある一瞬だけを止めて見る。
切り口を変えるとは、いつも広く、遠く、大きく見ることではない。
広げることもあれば、狭めることもある。つなぐこともあれば、分けることもある。時間を伸ばすこともあれば、ある瞬間に留まることもある。
大事なのは、どちらが正しいかではない。
いま何を固定しているのかに気づき、その固定を一つ外してみることだ。
そうすると、同じ問題から、それまでとは違う問いが立ち上がってくる。
フレームワークは、切り口を借りるための道具でもある
もちろん、フレームワークを知っていることには意味がある。
長く使われてきた型には、人が見落としやすい場所へ考えを向ける工夫が詰まっている。自分だけでは思いつかなかった問いを、半ば強制的に出してくれることもある。
だから、フレームワークを使わない方がいいという話ではない。
むしろ、その名前や手順だけではなく、
「この型は、何を変えて考えさせているのか」まで見ておく。
そうすると、フレームワークそのものが手元にない場面でも、その考え方を使えるようになる。
「誰を固定しているだろう」
「時間を固定していないか」
「問題の範囲は、ここでいいのか」
「一つの塊として扱っているものを、分けられないか」
「逆に、別々に考えているものを、つなげられないか」
別のフレームワークを探し続けなくても、こうした問いから切り口をつくることはできる。
フレームワークは、答えを出すための型であると同時に、
自分だけでは見つけにくい切り口を借りるための道具
とも考えられる。
切り口がないのではなく、固定に気づいていない
「別の切り口が思いつかない」とき、発想力が足りないと思ってしまうことがある。
けれど、本当に足りないのは、新しいアイデアなのだろうか。
誰から考えているのか。いつを見ているのか。どこまでを問題としているのか。何を一つの塊として扱っているのか。
答えが出ないときほど、意識は答えそのものへ向かう。だから、同じ前提の中で、もっといい答えを探そうとしてしまう。
そんなときは、一度だけ答えから離れてみる。
「この問いの中で、変えずに置いているものは何だろう」
そう問い直してみる。
別の切り口は、どこか遠くから思いつかなければならないものではない。
いま考えていることの中にある「動かしていないもの」に気づけば、そこから次の問いをつくることができる。

次に読むなら
切り口は、どこかから探してくるものではなく、固定していたものを動かすことでつくれる。
では、考えるための「型」であるフレームワークは、何をするために使うのでしょうか。
答えを出すために当てはめるだけでは、見えた構造によって問いそのものが変わることを取りこぼしてしまいます。
次は、「問い」と「構造」のあいだを行き来することを考えます。
あなたの「問い」も、聞かせてください。
仕事や組織、AI、これからのこと。
まだ言葉になっていない違和感でも構いません。
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