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教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝|下巻・第十二章 続々・異端審問:密室裁判

【アナトール・フランス『ジャンヌ・ダルクの生涯』完訳プロジェクト】1908年発行の名著を、膨大な独自注釈とともに現代日本語で蘇らせる個人翻訳プロジェクトです。継続的な活動維持と出版支援のため、一部を有料公開としています。

▼総合目次・リンク集:なぜ、21世紀に『ジャンヌ伝』を完訳するのか

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⚠️字数が多い(26,000字)ため、訳者の裁量で小見出しをつけています。

【この章のポイント】
- 密室裁判の開始と「罠」の尋問
- 救済をめぐるジレンマと教皇への上訴
- パリ大学による断罪
- フランス陣営沈黙の謎を探る

12.1 密室裁判:3月12日(1)天使に見捨てられたのか/婚約と処女の誓い

 3月12日の月曜日、ボーヴェ司教とともに裁判長を務めるジャン・ル・メートル修道士は、フランス大審問官のジャン・グラヴラン修道士から「ジャンヌという名の、通称「乙女ラ・ピュセル」と呼ばれる女に対して手続き(審問)を進め、最終判決を言い渡すように」と命じられた。[743]

 同日の午前中、この裁判の判事を務めるジャン・ド・ラ・フォンテーヌ修道士は、ボーヴェ司教の立会いのもと、牢獄にいるジャンヌに二度目の尋問をおこなった。[744]

 彼はまず、しるしについて再び尋ねた。

「しるしを持ってきた天使は何か話さなかったか?」

「はい、天使は私の王に、国がすぐに救われるように、私に仕事をさせなければならないと言いました」

「そのしるしを持ってきた天使は、最初に現れた天使と同じか? それとも別の天使か?」

「いつも同じ天使で、私を見捨てたことは一度もありません」

「しかし、あなたはこうして捕らえられた。ということは、現世の幸福に関して、天使はあなたを見捨てたと言えるのでは?」

「それが神の意志ならば、私が捕らえられたことは私にとって最善だったと信じています」

「現世の幸福において、あなたの天使はあなたを見捨てているのでは?」

「毎日私を慰めてくれるのに、どうして私を見捨てたと言えるでしょうか?」[745]

 その後、ジャン・ド・ラ・フォンテーヌは、教会の裁判で許容される範囲でユーモアを帯びた微妙な質問を投げかけた。

「聖ドニは、あなたに現れたことがあるか?」[746]

 最もキリスト教的な王(フランス王の別名)たちの守護聖人で、フランス人たちが『鬨の声』でその名を叫ぶ聖ドニは、彼の名を冠した修道院——王妃が戴冠され、国王が埋葬される豊かな教会——がイングランド軍に占領されるのを許した。

 したがって、聖ドニはイングランドとブルゴーニュ派に転向していると見なされており、アルマニャック派のジャンヌの前に現れて語り合ったとは思えない。

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「処女であり続けると誓ったとき、あなたは神自身に話しかけていたのか?」という質問に対して、ジャンヌはこう答えた。

「神の使者である聖カタリナと聖マルガリータに約束すれば十分でした」[747]

 彼らはこの質問で、ジャンヌを罠にかけようとした。
 なぜなら、誓約は神に直接しなければならないからだ。

 しかし、天使や人間に良いことを約束するのは合法であり、彼ら(天使や人間)に約束したことを実質『神への誓約』と見なす可能性を主張することも可能だ。人は聖人に約束した事柄を、神にも誓うのだ。

 ピエール・ド・タランテーズは『説教集注釈』第四巻・第38区別において、「すべての誓約は、神に対して立てられるべきだ。神自身に直接であれ、聖人たちの仲介を通してであれ」と教えている。[748]

⚠️ピエール・ド・タランテーズ(Pierre de Tarentaise):教皇イノケンティウス五世の本名。史上初のドミニコ会出身の教皇として知られる。

(同名の別人だが、興味深い聖人だったので追加)
⚠️ピエール・ド・タロンテーズ(Pierre de Tarentaise):12世紀の修道士でタロンテーズの大司教。アルプス山脈の守護聖人。フランスとスイス・イタリア方面を行き来するには山脈を越えなければならず、彼は山岳地帯の教会を定期的に訪れて備蓄食糧や衣服を供給し、数えきれない旅人を支援した。

 調査中の供述によれば、ジャンヌは若い農民に結婚の約束をしていた。
 そこで異端審問官は、ジャンヌが「非正規の形式で処女の誓いを立て、破る自由があった」ことを証明しようとしたが、ジャンヌは「結婚の約束はしていない」と主張し、次のように付け加えた。

「初めて『声』を聞いたとき、私は神が喜ばれる限り処女であり続けることを誓いました」

 だが、最初にジャンヌに現れたのは聖ミカエルであり、聖人たちではないはずだ。[749]

 ジャンヌは、自分自身の夢想と恍惚が絡み合った複雑な糸をほどくのに苦労していたが、博士たちもまた、これらの子供の漠然とした幻影から、死刑に値する罪状を組み立てようと苦労していた。

⚠️補足:「結婚の約束」と「処女の誓い」は矛盾しており、一方の誓いを守ればもう一方の誓いを破ることになる。ジャンヌは「結婚の約束はしていない」と主張しているが、婚約者に訴えられてトゥールの裁判所に出頭した記録がある。仮に、ジャンヌは本当に婚約の件を知らなくて、両親が勝手に決めていた場合は「父母に背いた罪」で糾弾される。
ジャンヌはどう答えても罪を免れず、有罪にする「罠」を仕掛けた尋問だったといえる。

⚠️婚約者に訴えられた件の詳細は、上巻・第三章『3.5 婚約者に訴えられトゥールへ出頭』参照。

12.2 密室裁判:3月12日(2)聖ミカエルと「声」からの手紙

 次に、非常に重大かつ深刻な質問がジャンヌに投げかけられた。

「あなたが見聞きした幻視について、司祭か他の聖職者に話したか?」

「いいえ、ロベール・ド・ボードリクールと私の王にだけ話しました」[750]

 ジャン二世(シャルル七世の曽祖父)の時代にジャンヌと同じように「声」を聞いた、シャンパーニュ出身のヴァヴァスール(豪農)は分別のある思慮深い人物だった。畑で「声」を聞き、王のもとへ行くようにと命じられたとき、彼はすぐに司祭に相談した。

⚠️ヴァヴァスール(vavasour):封建時代、自前の土地を所有しているが貴族とみなされていない階級。男爵より下、騎士より上。君主に仕える義務はない。文中の人物は農民(peasant)と書かれているパターンもあるので「田舎者の豪農」と思われる。

 司祭は彼に「三日間断食して懺悔をしてから、声が聞こえた場所へ戻るように」と指示した。

 ヴァヴァスールは言われた通りにした。
 また「声」が聞こえて、前と同じ命令を繰り返した。
 再び司祭に相談すると、司祭は彼にこう言った。

「兄弟よ、私もともに三日間節制して断食し、主イエス・キリストにあなたのために祈ります」

 彼らはその通りにした。四日後、その善良な男はまた畑に戻った。
 三度目の「声」が聞こえた後、司祭は「それは神の意志であるから、すぐに使命を果たしに行きなさい」と指示した。[751]

 あらゆる面から見て、間違いなくこのヴァヴァスールはロメの娘(ジャンヌ)よりも賢明な行動をとった。

 ジャンヌは幻視について司祭に話さなかった。
 それは、教会の権威を軽視したことを意味する。

 それでもなお、ジャンヌを擁護するなら、使徒パウロの言葉「神の霊のあるところには自由がある」[752] を根拠にして弁護を展開できるかもしれない。

『もしあなたが御霊みたまに導かれているなら、
 あなたは律法の下にはいない。』
(新約聖書『ガラテヤの信徒への手紙』第五章18節)[753]

 ジャンヌは異端者なのか、それとも聖人なのか?
 そこに審理のすべてがかかっていた。

 それから、さらに注目すべき質問が来た。

「聖ミカエルから、あるいはあなたの『声』から手紙を受け取ったことがあるか?」

「あなたに話す許可を得ていません。ですが、一週間後には私が知っていることすべてを喜んで話します」[754]

 何か隠したいことがあるが否定したくない時、ジャンヌはいつもこのような口調で返答した。したがって、この質問はジャンヌにとって都合の悪いものだったに違いない。

 ジャンヌに向けられたこれらの尋問は、真実か虚偽かを問わず、豊富な事実に基づいて行われた。質問の中には、彼女の返答をある程度予想している様子が見て取れる。

 『大天使ミカエルや他の聖人たちからの手紙』とは一体何だったのか?

 ジャンヌは言葉を濁したが、否定しなかった。
 だが、裁判官たちは手紙の実物を決して提出しなかった。(証拠として提出され、読み上げられた『アルマニャック伯との手紙』2通とは対照的)

 ジャンヌを支持する誰かが、彼女が神の命令に従っていると思い込み、自分たちの意図を実行してくれることを期待して(天使や聖人を自称した)手紙を送ったのだろうか?

 当面の間、異端審問官はそれ以上追求することなく、別の話題に移った。

「あなたの『声』は、あなたを神の娘、教会の娘、心の広い乙女と呼んだことはないか?」

「オルレアン包囲戦の前も、その後もずっと、声が私に話しかけるときは、毎日何度も私をジャンヌ・ラ・ピュセル、神の娘と呼んでいます」[755]

 尋問は中断され、午後に再開された。

12.3 密室裁判:3月12日(3)ジャンヌの父母と親族の動向

 尋問は中断され、午後に再開された。この裁判の判事を務めるジャン・ド・ラ・フォンテーヌは、予備調査で裁判官に知らされていた「ジャンヌの父親が見た夢」について質問した。[756]

 ジャンヌが「父と母を敬うように」という神の戒めを破った罪で告発されたとき、彼女の母親も親族も誰一人として証人として出廷すると申し出なかった。そのことを考えると悲しい気持ちになる。

 ジャンヌの母方親族には、聖職者がいたにもかかわらずだ。[757]
 信仰の問題に関する裁判(異端審問)はすべての人々の心に恐怖を植え付けていた。

⚠️ジャンヌの父親が見た夢:上巻・第三章『3.3 夢見るジャンヌと両親の困惑』参照。

 またしても男装の話題に戻ったが、これで最後ではなかった。[758]
 ジャンヌが身につけているプールポワン(短い上着)とショース(脚部から股まで覆うぴったりしたズボン)が、聖職者たちをこれほど深い熟考に陥れたことに驚かされる。彼らは陰鬱な恐怖とともに、『申命記』の教えに照らしてこの件をじっくり考えた。

⚠️申命記(Deuteronomy):旧約聖書の一書で『モーセ五書』の5番目。直訳すると「繰り返し命じる」

 その後、オルレアン公の解放について尋問された。
 彼らの目的は、ジャンヌから返答を引き出して「囚人の解放を約束したとき、『声』が彼女を欺いた」と証明することだった。

 彼らは簡単に成功した(現状、オルレアン公の解放は実現していないため)。
 ジャンヌは、十分な時間がなかったからだと弁明した。

「もし私が何の妨害も受けずに3年間続けていたら、オルレアン公を解放していたでしょう」

 ジャンヌの当初の啓示によれば、オルレアン公の解放は「3年より短く、1年より長い期間」と言及されていた。[759]

 王に与えられたしるしについて再び質問されると、ジャンヌは「聖カタリナに相談する」と答えた。

(3月12日の審理はこれで終了し、最後の質問については翌日13日の審理に持ち越された)

12.4 密室裁判:3月13日(1)王冠を運ぶ天使の正体

 翌日、3月13日の火曜日、ボーヴェ司教と副審問官(ジャン・ルメートル)はジャンヌの牢獄を訪れた。副審問官は初めて口を開いた。[760]

「あなたは聖カタリナにこのしるしについて話さないと約束し、誓ったのではなかったか?」

 彼は王に与えられたしるしについて取り上げ、ジャンヌはこう答えた。

「私はこのしるしを自ら明かさないと誓い、約束しました。(それにも関わらず、これまでの審理で断片的に話してしまったのは)それを話すようにあまりに強く迫られたからです。二度と生きている人間にこのことを話さないと誓います」[761]

 だが、ジャンヌはすぐにこう続けた。

「そのしるしとは、天使が王に王冠を授けた時、神の助けと私の働きによってフランス全土を王が手に入れること、だから私に仕事をさせるようにと約束したことです。つまり、私に兵士を与えるべきだということです。そうでなければ、王はこんなに早く戴冠し、聖油を塗られることはなかったでしょう」

「天使はどうやって王冠を持ってきたのか? あなたの王の頭に載せたのか?」

「それはランス大司教に与えられました。王の面前だったと思います。大司教がそれを受け取って、王に渡しました。私もその場にいました。その後、それは国王の宝物庫に収められています」

「王冠はどこに運ばれたのか?」

「シノン城の王の部屋です」

「何の日、何時だったか?」

「その日は分かりませんが、時間は正午でした。それ以外の時間と月のことは覚えてません。ですが、4月か3月だったと思います。今月か次の4月で2年になります。復活祭イースターの後でした」[762]

「あなたがそのしるしを初めて見た日に、あなたの王もそれを見たのか?」

「はい。彼はその日のうちに見ました」

「王冠は何でできていたのか?」

「それは上質の金で作られ、その富は数え切れないほど豪華だったことを知っておいてください。その王冠は、彼がフランス王国を保持することを意味していました」

「宝石がついていたか?」

「知らないと言ったでしょう」

「あなたはそれに触れたり、キスしたりしたか?」

「いいえ」

「それを運んできた天使は上から来たのか、それとも地から来たのか?」

「上から来ました。神の命令で来たのだと思います。部屋のドアから入ってきました」

「天使は部屋のドアから歩いて、地を伝って来たのか?」

「天使は王の前に来ると、王に敬意を示して深くおじぎをし、私がすでに繰り返したしるしに関する言葉を言いました。その後、天使は王に、彼に降りかかった長い苦難の中で彼が抱いていた大きな忍耐を思い出させました。そして、王に近づくと、天使は歩き、地面に触れました」

「ドアから王までどれくらいの距離だったか?」

「距離はランス一本分くらいだったと思います。[763] そして、来た時と同じように帰って行きました。天使が来たとき、私は彼についていき、王の部屋へ向かう階段を一緒に上がりました。天使が先に中に入り、私は『王よ、これがあなたのしるしです。受け取ってください』と言いました」[764]

 霊的な意味で、この寓話は真実だと言えるだろう。この王冠は「美しく咲き、よく守られればこれからも美しく咲き続ける」[765]勝利の王冠なのだ。

 乙女(ラ・ピュセル)がそれを持ってきた天使を見たとき、彼女の目の前に現れたのは彼女自身の姿だったのではないか?

 味方陣営の神学者(ジャック・ジェリュ)は、ジャンヌを天使と呼んでも構わないと言った。それはジャンヌが天使の本性(性質)を持っているからではない、天使の職務(務め)を果たしているからだ。[766]

⚠️上巻・第十四章『14.3 ジャック・ジェリュの意見書(2)乙女を天使だと信じる理由』参照。

訳者のこぼれ話:「王冠を運んできた天使=ジャンヌ」説を考察

今回(下12.4)のジャンヌの証言について、著者アナトール・フランスが言うとおり「王冠を運んできた天使=ジャンヌ自身」と考えると、シャルル七世に初めて謁見したときの状況に酷似していることに気づかされる。

  • 証言「王冠を運ぶ天使が来た」:2年前の3月か4月

  • 現実「シノン城で初めて謁見」:2年前(1429年)3月8日

なお、ランスでの戴冠式は同年7月17日である。
戴冠式の王冠について、ジャンヌは下巻・第十一章『下11.14 第五回公判(4)』で次のように証言している。

  • 問「あなたが王にしるしを与えた時、王の頭に王冠があるのを見たのか?」

  • 答「偽証しないで言うことはできません」

  • 問「あなたの王はランスで王冠をかぶっていたか?」

  • 答「私の王は、ランスで見つけた王冠を喜んで受け取ったと思います。ですがその後、非常に豪華な王冠が届けられました。王がそれを待たなかったのは、ランスの住民が町に兵士が駐留する負担をなくしたいと望んでいたため、式典を急いだからです。もし待っていたら、千倍も豪華な王冠を手に入れたでしょう」

第五回公判では「ランスの戴冠式(7月)後に王冠が届いた」と証言しており、密室裁判の証言「3月か4月に天使が王冠を運んできた」とは時系列が合わず、明らかに矛盾している。

謎の証言「王冠を運んできた天使」の真相は、シノン城での謁見(現実)をベースにした『ジャンヌの空想物語』と解釈すると、もっとも辻褄が合う。

12.5 密室裁判:3月13日(2)偽証か虚言か、一致しない証言

 ジャンヌは、王のもとに一緒に来た天使たちについて語り始めた。

「よく似た天使もいれば、そうでない天使もいました。少なくとも私にはそう見えました。翼のある天使もいました。冠をかぶっている天使もいました。聖カタリナと聖マルガリータも彼らと一緒にいました。前述の天使や他の天使たちと共に、彼らは王の部屋へまっすぐに入っていきました」[767]

 その後、ジャンヌは長時間、異端審問官に詰め寄られるままに次から次へとこれらの驚くべき物語を話し続けた。

 二度目に「天使が手紙を書いたかどうか」を尋ねられたとき、ジャンヌはそれを否認した。[768]

⚠️手紙に関する最初の質問は『下12.2 密室裁判:3月12日(2)聖ミカエルと「声」からの手紙』後半を参照。

 しかし、現在問題になっているのは「王冠をかぶった天使」であり聖ミカエルではない。そして、ジャンヌは両者を同一人物だと言ったにもかかわらず、両者を区別していた可能性がある。

 したがって、ジャンヌが手紙を受け取った相手は、大天使ミカエルだったのか、あるいは聖カタリナや聖マルガリータだったのか、私たちには決してわからないのである。

 その後、異端審問官は、ランスで紛失し、ジャンヌが見つけたカップと手袋について尋問した。[769]

 パドヴァの聖アントニオの例が示すように、聖人たちは時々、紛失物を見つけるために身を挺して協力した。そのご利益は、常に神の助けによるものだった。
 その一方で、死霊術師ネクロマンサーは、悪魔の助けを借りて、神聖なものを冒涜することで、聖人たちの力を模倣した。

⚠️パドヴァの聖アントニオ(Sant'Antonio di Padova):失せ物、結婚、縁結び、不妊に悩む人がすがる聖人。

 ジャンヌはまた、愛人を持つ司祭についても尋問された。
 ここでも魔術的な透視能力を持っていると非難された。ジャンヌがこの司祭に愛人がいることを知ったのは、魔術の力によるものだとされた。

 他にも多くのことが、同じように解釈された。
 例えば、あるふしだらな女について、ジャンヌは見ただけで、その女がひそかに自分の子供を殺したことを見抜いたと言われている。[770]

 それから、同じ古い質問が繰り返された。

「パリを攻撃しに行ったとき、『声』から啓示を受けたか?」
「ラ・シャリテに行って戦うべきだと啓示されたのか?」
「ポン・レヴェック遠征に行くきっかけとなったのは啓示か?」

 ジャンヌは「そのときは『声』から何の啓示も受けていなかった」と否定した。

⚠️ポン・レヴェック遠征(Pont-l'Evêque):下巻・第七章『下7.5 コンピエーニュ包囲戦(1)ブルゴーニュ軍の巧みな戦術』参照。

 この日の最後の質問は、「あなたはパリの前で『イエスの名において町を明け渡せ』と言わなかったか?」だった。

 ジャンヌは、「そのような言葉を口にしたのではなく、『フランス国王に町を明け渡せ』と言っただけです」と答えた。[771]

 だが、攻撃を撃退していたパリ市民は、ジャンヌが「イエスの名において、速やかに明け渡せ」と言っているのを確かに聞いていた。

 また、この言葉は、ジャンヌの活動初期について判明しているあらゆる情報と一致する。ジャンヌは「フランス王国の諸都市は、それらを再征服するために神に遣わされた乙女に降伏(明け渡す)すべきだ、それが神の意志である」と信じていた。

 すでに指摘したように、異端審問の時点で、ジャンヌは初期の啓示とのつながりを完全に失っており、まったく別の言葉を話していた。

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