形而上学も科学の一部門と考えれば、数学や自然科学と同様の方法を採用でできるってことですね。でも。これって当時ではかなり思い切った発言ではないでしょうか? いまでも学際の交流が狭く、一部には閉鎖的な学派もいますからね… 連載 超訳プロレゴメナ 234 読書会編159
第22回目の読書会
前島幸太郎:
みんなは、『序文』のなかの「コペルニクス的転回」って言われてる個所を読んでみましたか?
須田隆雄:
ええ、読みましたよ! 「コペルニクス的転回」の個所だけはね!
桐川夢見:
わたしも、最初はそこだけ読みました。そして、「コペルニクス的転回」って、特別のことじゃないって思いました。
栗林雄太:
そうですね! 形而上学の方法そのものが、カントが指摘するまで、当たり前の方法、それとも手続きって言ったほうがいいのかな? とにかく人間には把握できないものを対象にして、いろんな手続きを探って暗中模索していただけなんですね。
曽根康夫:
だから、ライプニッツの誤謬や、ヒュームの不完全な認識論が提示されてきたわけですね。でも、ぼくは思うんです。カントが『純粋理性批判』を公表したころの人たち、カント以外の人たちですけど、ライプニッツや、ヒュームの考え方に納得していたのでしょうか?
どうも、そうではないようにも思えるんですけどね?
前島幸太郎:
カント以外の多くの人たちは、不都合なことも感じていたかもしれませんが、それがどこから来るのか、漠然としていたんじゃないかって思えます。
それを、追及する端緒を示したのが、今回抜粋した個所の冒頭にあるってぼくは思います。
形而上学の進化は、数学や自然科学の進化とはどこが違うのだろう。数学と自然科学では、突然の起こった革命とも言える出来ごとで現在の形が確立している。そこに観えるいくつかの例からは、大きな恩恵を導いた思考の変化を観ることができる。この思考の変化こそが、科学の進化での本質を顕すものであり、ここの注目しなければならないとぼくは実感した。
池田幸男:
形而上学も科学の一部門と考えれば、数学や自然科学と同様の方法を採用でできるってことですね。でも。これって当時ではかなり思い切った発言ではないでしょうか?
牧野照邦:
いまでも学際の交流が狭く、一部には閉鎖的な学派もいますからね…
山際このみ:
それって一部ってことなんだろうか? 荒川先生は学会では孤立してるって聞いたこともあるんだけど?
前島幸太郎:
(笑いながら)先生みたいに、庶民的な考え方をする人が仲間外れにされるって風潮は、学会にあるみたいですね… でもそれは、ぼくたちで、できる限り改めていかなければって思っています。
