日本の学術は、世界的にも後進状態にあるが、このままで日本には学術そのもがなくなってしまうのでないか、多くがただ、がむしゃらに働くだけで、自分の周囲を真剣には見つめていない… 連載 超訳プロレゴメナ 235 読書会編160
第22回目の読書会 ディスカッション(つづき)
そのときだった。ふふっ… って笑い声が聴こえた。
山際このみ:
あれっ! 今の笑い声、環さんじゃないの?
曽根康夫:
環さんには、読書会の案内は出してないけど、だれか特別に出したんですか?
荒川環
いいえ! わたしが、かってに、父への案内を使ってZoomに入ってるんです。わたしも「コペルニクス的転回」には、とっても興味持っているから…
前島幸太郎:
いつかは、そんなことも、あるかって… 思ってたけど、いったいいつから?…
※ここで環さんが、関心を持った理由を話したが、その会話のままで書くと、とても長いものになるから、以下では要点だけを書いておく。
環さんは、昨年(2018年)の11月に、松山で開催された哲学の学会に荒川先生に同行している。そして先生の発表を、部屋の片隅で聞いていたそうだ。その先生の発表の中に「コペルニクス的転回」って言葉が登場したらしい。
それは、いまの学会全体が、政府の介入で自主性を失いかけている懸念でもあった。前向きで創意工夫を感じられる論文もかなり減ってしまい、当たり障りがないものの羅列で終わっている。
すでに日本の学術は、世界的にも後進状態にあるが、このままで日本には学術そのもがなくなってしまうのでないか。多くがただ、がむしゃらに働くだけで、自分の周囲を真剣には見つめていない。
ここで、エンデの『モモ』を引用して、ほんとうの自分を探すことの大切さを語った。そして最後に、カントの「コペルニクス的転回」を見直す必要があるのではないか、そう言って発表を終えたそうだ。
それから先生は、資料を集めだし、12月半ばから第二版序文の超訳にとりかかった。そして、それが完成したのは、2019年の元旦だったらしい。ご機嫌になった先生は、その概要を、家族全員に話したそうだ。
荒川環
それを聞いてても、判らないところばかりだってけど、でも、とても重要なことだって、それだけはなんとなく、わかったってことなんだ…
桐川夢見:
環さん、わたしたちディスカションのなかに、その答があるって思ってるでしょう?
荒川環
ええ、それで、間違いない… そういうことなんだけど!
