記号論理の本なんか読むと面白い解説が出てきますね。今のぼくには、ただ面白いだけなんですけど… いいえ、それが重要なことですよ! 仕事だって、面白くなければ、身を入れる気になりませんが、面白いって感じ出したときから、新しい発見が出てくるものですからね… 連載 超訳プロレゴメナ 269 読書会編182
前島幸太郎:
カントが、道徳形而上学に注目したのは、理性とは何かを追求していくと、物だけを対象にしていると先に進めなくなることに気づいたからではないだろうか?
もっとも、現時点では、プロレゴメナの関心は、そんなところには、ありませんけど…
曽根康夫:
たしかにここでは、オブジェクトから得られる現象が、認識の根本であるということが重要なんですね。また、それが、コペルニクス的転回に繫がっていくことに視点の中心に置かなければ、ならないってことなんでしょう。
山際このみ:
それが、『純粋理性批判』を丁寧に読みもしないで屁理屈を捏ねる周囲への批判に繋がったんじゃないのかな。
ここなんか、もっとだいじなことに目を向けてほしいって、そんなカントの気持が、十分に観えてくるんだけど…
だからぼくは、そんなものに拘泥なんかしていない。空間と時間が、感性がなす世界での単なる現象として把握することで、先に進むことを可能にしているのだ。
前島幸太郎:
そして、それを解決していくには、13節までに取得した手法では足りないことも明かしています。
桐川夢見:
そうなんだ! だから、アンチノミーって言葉が出てくるんですね。これって、弁証論のことを言っているのかしら。
須田隆雄:
やっぱり、桐川さんは鋭い感性を持っているんだな! 先に行けば、弁証論が縦横に活躍しだしますから。
池田幸男:
桐川さんが注目したのは、ここですね!
続いてここで言っていることを、感覚の表象を単なる仮象にするのでないということを改めて強調しておく。
ぼくが掲げた原理では、感覚の表象から現象が創られると言っている。だから上記のような誤解が生まれるのだろう、だが掲げた原理は超越論的な仮象を防ぐ唯一の手段なのだ。形而上学はこの仮象に、かねてより欺かれ続けて単なる表象である現象を物や事象にそれ自体と見なしてしまった。そのために石鹸の泡を捕まえるという子供じみた試みを続けてきたのだった。
こうして理性のアンチノミー(二律背反)なる注目すべき事態が出現じた。これについては、先で言及することになるはずだが、これだけは言っておくことにする。
栗林雄太:
アンチノミーにつづいて、テーゼ、アンチテーゼが登場するみたいですけど。
これについては、記号論理の本なんか読むと面白い解説が出てきますね。今のぼくには、ただ面白いだけなんですけど…
牧野照邦:
いいえ、それが重要なことですよ! 仕事だって、面白くなければ、身を入れる気になりませんが、面白いって感じ出したときから、新しい発見が出てくるものですからね…
