残念なことかもしれないけど、すべての人間が哲学ができるって訳ではないからですね! そこに、タブラ・ラサの問題が潜んでいるじゃないのかな… カントが道徳の重要さを語っているのも、それと同じ視点にあるんじゃないかって、わたしには思えるけど… 連載 超訳プロレゴメナ 268 読書会編181
牧野照邦:
その後に続く文章も興味深いですね。人間が対象としてのもの、オブジェクトの実体を究極は判らないってこと、だから、仮象で現実に近接していき現実を把握するわけですね。でも、これをいくら説明して判らない人が多いってことを皮肉ってるように観えないですか?
曽根康夫:
エビデンスがあっても、その意味が解らないって人もけっこういるって訳ですね。
山際このみ:
だから、「『純粋理性批判』を、丁寧に読めば解ること」って書いてるわけだよね。
だから空間と時間について、ぼくが掲げた説は、認識に関する重要な意味を持つことになる。
感性の全体を単なる仮象にしていると非難もあるが、まったく当たっていない。『純粋理性批判』を、丁寧に読めば解ることだが、認識に関する重要なこととして、数学がア・プリオリに提案するものを、実際の対象物に確実に適用することを保証するのが、ぼくが掲げたものであり、かつ唯一の手段なのだ。
この唯一という言葉を、ぼくは強調する。なぜならば今までにここに書いてきたことだけでは、空間と時間に関するものが、ぼくたちの中にア・プリオリに存在することを理解できずに、ぼくの幻想と捉えられることも、あると考えられるからだ。繰り返しになってしまうが、理解しながら丁寧に読んでくれば、良いとは思うのだが…
桐川夢見:
でも。わたし、思うんですけど… ほんとうにカントの真意が解るところまで、じぶん自身が読んでいるのかって…
前島幸太郎:
その気持ちが重要なんだと、ぼくは思いますよ! ぼくも最初は、いや今でもか、カントの真意が解らなくって戸惑うことも、かなりありました。でも… 解るまで読み尽くしたい、その気持ちで来たような気もしています。
池田幸男:
それは、生来的な判断力の有無ってことにつながるのかもしれませんね。法律の条文をすべて記憶している人であっても、判断力がなければ思惟・思索はできないってことがありますからね。
牧野照邦:
それは、『純粋理性批判』に書かれていることですね。残念なことかもしれないけど、すべての人間が哲学ができるって訳ではないからですね!
曽根康夫:
そこに、タブラ・ラサの問題が潜んでいるじゃないのかな。すべての人間が、正常な教育環境のなかで育っていれば、大半が判断力を持つことができるんじゃないかって、ぼくは思うんだけど…
桐川夢見:
カントが道徳の重要さを語っているのも、それと同じ視点にあるんじゃないかって、わたしには思えるけど…
山際このみ:
カントがプロレゴメナの後に、道徳形而上学を意識しだしたのも、それと同じだって、わたしは思う…
