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自然という言葉は、ここまでは一般的に物事の存在の規定について、そのすべてが納得できるものとして語ってきた。だが自然は、別の意味も持っている。それは対象を規定するという性質だ…  連載 超訳プロレゴメナ 291 本編48

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第16節
 
 自然という言葉は、ここまでは一般的に物事の存在の規定について、そのすべてが納得できるものとして語ってきた。だが自然は、別の意味も持っている。それは対象を規定するという性質だ。
 そしてこれだけが、ぼくたちが対処しなければならない自然だ。なぜなら自然は質として観るにおいて、経験の対象の複合体だからだ。そしてぼくはこの経験の対象だけに関心をもつことにする。このように対象の範囲を限定するのは、それ以外に眼を向けることで得られるものがないからである。
 それどころか、他に眼を向けることは、意味を見出すことが不可能な概念を考えることを強いられることもあり得るのだ。
 概念の実在性、それが実際の物体を指すのか、それとも単なる思考の創造物であるのかを、決定することは不可能だ。
 経験の対象になり得ないものの認識は超自然的なものになるだろう。ぼくがここで扱おうとしているのは、そんなものではない。ア・プリオリに可能であって、経験に先立つことがあっても、その現実性が経験で確認できる「自然の認識]なのだ。これこそが何よりも先験的に可能であり、すべての経験に先立つものとなる。

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