カントを理解するには、カテゴリー(概念)の成り立ちをよく理解しなければって聞いてるけど、ここがその予告のような気がしています… 連載 超訳プロレゴメナ 194 読書会編134
超訳プロレゴメナ読書会 第16回から
ディスカション
須田隆雄:
やけに、直観って言葉が目立ちますね。第7節って。これって観察の結果であって、感情的なものではないのですね?
山際このみ:
(手元の紙に字を書きながら、)
須田君が言ってること、直感との違いだよね?
栗林雄太:
日本語では言葉にすると同じだけど、直観と直感はかなり違うものなんですね?
前島幸太郎:
(このみが書いた横に重ねて書きながら)
ドイツ語では、直観はAnschauungで、直感はIntuitionですね。
Anschauungは、認識の観点から感覚的に対象を捉えたものですね。カントが使っているのは、このAnschauungですから、直観であり須田君が云うように感情的なものではないわけですね。
桐川夢見:
Intuitionって認識に関係しないもの… それよりも無意識に生まれるものって考えればいいんですね。
牧野照邦
そうとるべきだと、ぼくは思っています。第7節では、数学的な認識を観察した結果として語っているわけだから、Anschauungで、先生が直観と訳されたのも当然だと思います。
須田隆雄:
でも、ほんとうに日本語は難しいうえに、あいまいなところもありますね! まだ悟性のほうが明確だって思えたりして…
山際このみ:
(笑いながら)
須田君は、悟性を捨てたんじゃなかった?
池田幸男:
それはともかく、ここでは直観だけにとどまらずに、その先の「数学の概念がア・プリオリに構築される」ってとこ、そこを中心に観ていくべきでしょうね。
曽根康夫:
プロレゴメナも、純粋理性批判も、Anschauung(直観)が多く登場しますが、明確な概念が確立する前提… いや入り口として書かれている、それを見落としてはならないって思います。
栗林雄太:
純粋数学としての観点、集合として概念をまとめ始める第一歩として、ですね。
前島幸太郎:
それを考えさせるものが、この第7節にありますね。もう一度読んでみます。
すなわち数学的認識での判断は、つねに直観的なのものだと断定しなければならないのだ。
これに対して哲学は単なる概念からの論証からなる判断で満足しなければならない。視覚的なものから得た直観でその考え方を説明することはできても、そこから哲学の考え方そのものを導き出すことは決してできはしない。
数学の特性に関するこの観察結果は、数学の可能性に関して、最初でしかも最高の条件を示唆している。それは、純粋な直観(あるいはビューと呼んでもいい)がその基礎を形成してなければならいもので、そこで数学のすべての概念が構成される。それは具体的に数学の概念がア・プリオリに構築されることを示している。
桐川夢見:
カントを理解するには、カテゴリー(概念)の成り立ちをよく理解しなければって聞いてるけど、ここがその予告のような気がしています。
山際このみが、感心したように夢見を観ていた…
