ぼくは、ときどき思うのです。ニーチェが狂人としてその生涯を終えたのは、それなりに幸せだったのではないかって… 超訳プロレゴメナ 108 読書会編73
超訳プロレゴメナ読書会 第七回から
ディスカション(承前)
栗林雄太:
ぼくや桐川さんは、プロレゴメナを読み始めたばかりですが、それがもう解っているみたいです。それが読書会効果というものでしょうか?
山際このみ:
うまいこと言うね! 読むときは一人で懸命に考えなければならないけど、互いに意見を交わして、真理に近づいて行くってことね。
桐川夢見:
ただ読んでるだけでは真理に近づいたとしても、今の社会ではわたしたちが弱者であることに気づくだけに終わるのかもしれません! でも読書会に参加することでルサンチマンにならずに済んでいるように思えます。
曽根康夫:
ニーチェがルサンチマンを提唱したのは、その孤独な生活のなかからの必然だったのかもしれません。
ニーチェも孤高な生活から脱却することができれば、ルサンチマンを抱くこともなく、狂人に変貌することもなかったのではないのでしょうか?
須田隆雄:
ぼくは、ときどき思うのです。ニーチェが狂人としてその生涯を終えたのは、それなりに幸せだったのではないかって… ニーチェの狂気とは別の意味での狂い腐った社会とは無縁でいられたって思えるからです。
前島幸太郎
才能の限界に気づいてしまったジル・ドゥルーズは自殺しました。それも望まない形に変貌していく社会に無関心でいたなら、たんなる老いとして自分に寛容だったのではないかと思うこともありますね。
池田幸男:
ウェルギリウスの詩が根源となって、多くの話題が飛び出してきました。
この話は別の機会に譲って、今回の本題の第1節に移りませんか?
