人間の認識以前の空間って人間には判らないものなんでしょう。わたしたちは認識することがまったくなくって、空間も時間もわからないことじゃない? そうだよね! わたしたちが考えるから、じぶんが存在して、その結果として空間も時間も存在してるんだから! 連載 超訳プロレゴメナ 242 読書会165
第23回目の読書会
第23回目の読書会が、2019年2月11日(月)に、荒川先生の書斎で開催されました。
読書会の対象は、第13節の補足1です。前々回に第13節に入りながらも前回は、『純粋理性批判』第二版序文を対象にしました。それは人間の認識の存在が世界を創り出すものであること、もし、人間の認識が存在しなければ世界も存在しないってことを、強く確信したかったからでした。
今回、荒川先生の書斎をお借りしたのは、先生の『超訳 第二版序文』の主旨を聞きだせはしないか、そうした期待もあったからでした。
前に書きましたが先生は、よほどのことがない限り口を出すこともないと考えられはします。けれども、先生の表情を観ているだけでも、何かが掴めはしないかと思えませんか。
それに先生のお嬢さんの環さんも、第二版序文には大いに関心を持っていますから、なにか協力してもらえるのではないでしょうか。
須田隆雄:
この補足1で、「必然的に空間に適応したすべての物に対して、幾何学の命題が対応すると表現するのが正しい」って書かれていますが、これは空間という存在が、幾何学以前に成立しているってことですね! でも幾何学は人間の創造とすれば、なにか認識以前に空間が確立しているようにも観えますね。
曽根康夫:
それは、空間の規則そのものが、ア・プリオリな存在であるってことに過ぎないってことでしょう。ぼくたちにとって存在意義ある空間は、やはり人間の認識で確立したものって言っていいはずです。
桐川夢見:
でも、人間の認識以前の空間って人間には判らないものなんでしょう。わたしたちは認識することがまったくなくって、空間も時間もわからないことじゃない?
山際このみ:
そうだよね! わたしたちが考えるから、じぶんが存在して、その結果として空間も時間も存在してるんだから!
池田幸男:
デカルトですね! それが形而上学の新しい基点であり、また混乱の要因でもあったと言っていいでしょう。
前島幸太郎:
カントは、人間が考える以前の多くの存在を認めながらも、それが人間にとっての実在となるのは、人間の認識の後だと断言した、そう言っていいはずです。
牧野照邦:
一歩でも間違えれば、混乱を生みそうな話ですね。どこかに線を引いていなければ、ぼくたち自身が新しく誤謬を創りかねませんね。
須田隆雄:
そこに超越論的って、経験をまったく考慮しない領域を考える必要があるのかもしれませんよ!
栗林雄太:
そうかもしれない、超越論的って語ることはできても、ぼくたちには体験できない世界みたいですからね!
