現実的なものに返っていくことで、わたしたちの世界が、規則をもって観えて来るのじゃないかしら… でも、完全な可逆で現実が観えてきたわけではないですね… ただカントには現実に対処するのに、不可逆であることには、拘らなかった… ぼくにそう思える 連載 超訳プロレゴメナ 243 読書会166
第23回目の読書会(つづき)
曽根康夫:
その意味では、この補足1が扱うのは超越論的とはまったく違う世界って言っていいと思います。幾何学が表わす造形は、人間は経験を経て捉えるものですから。
前島幸太郎:
その結果として、捉えられるイメージが、ものの本質に迫る前提になるっていえるわけです。ここには、経験を重視した考えが観えます。しかしそれだけに止まらないで、想像力の世界まで導き出していくって思うことができないでしょうか。表象が、想像の基点であり、創造の源って思えます。
山際このみ:
こういう時には、字に書いてもらわなきゃ! そうぞうの基点と、そうぞうの源って、聞いてるだけでは区別がつかないよ。
前島幸太郎が手許の紙に字を書き示して、繰り返した。」
前島幸太郎:
表象が、想像の基点であり、創造の源って思うってことなんです。たとえば、ここからも、ぼくはそれを思いうかべるのです。
だがこの像(イメージ)が、この形式的直観こそが、ぼくたちの感性の本質的な性質なのだ。これを介してのみ対象の物がぼくたちに与えられるのだ。そして感性が表象できるのは物自体ではなく、その表象でだけである
須田隆雄:
でも、その像なんですけど、ぼくたちが具象を捨てた、抽象的なものでしかないんじゃないかな? 幾何学じたいが抽象化の終点だったと思えますから…
桐川夢見:
でも、それで終わるんじゃないでしょう? そこからまた現実的なものに返っていくことで、わたしたちの世界が、規則をもって観えて来るのじゃないかしら…
池田幸男:
でも、完全な可逆で現実が観えてきたわけではないですね。デカルトが解析幾何学を構築しながらも、それを哲学的に総合することはできなかった、ぼくにはそう思えます。
前島幸太郎:
それは、カントだって同じだとぼくは思う… ただカントには現実に対処するのに、不可逆であることには、拘らなかった… ぼくにそう思える。
山際このみ:
そうかな… だってあれだけ細心の注意を払った人だよ! だから拘らなかったんじゃなくて、納得できるものがあったのじゃないのかな?
荒川先生:
それは、カントの夢だったかもしれませんね! 夢を追い続ける中で曖昧なものを駆逐していったのではないかって、ときどきぼくは思うのです。
一時間近くのディスカションのなかで何も発言しなった先生が、夢を語りだしたことに、全員が驚いたよう顔をしていた。
