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ぼくたちの直観が、もしも物事をそれ自体としてあるがままに表現するようなものならば、ア・プリオリな直観など存在しないだろう… 連載 超訳プロレゴメナ 201 本編 34

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第9節

 ぼくたちの直観が、もしも物事をそれ自体としてあるがままに表現するようなものならば、ア・プリオリな直観など存在しないだろう。そして直観は経験的なものだけを対象にして発言することになるはずだ。
 なぜなら、その対象の物それ自体に何が含まれているかを知ることができるは、下記に挙げる状態に限られているからだ。つまり、ぼくたち対してそれが存在し、ぼくたちに与えられたときだけに、そこに何が含まれているかを知ることができるだけにすぎない。
 もしそれが無いのならその特性がぼくの表現能力に移行することはあり得ない。現在のものが直観として視覚的にありえないならば、ぼく自身もそれを自体として認識させるかは実際にも理解できることではない。存在とは別に感性からの誘発ということもあるだろうが。
 この可能性を認めたとしても、その種の視覚化はア・プリオリの前に、つまり対象がぼくに提示される前に行われることはありえない。なぜなら、この提示という事実がなければ、想像力を働かせない限り、ぼくの表現と対象との間の関係を描くことすらできないからだ。
 だからある方法だけが、ぼくの直観が対象の現実性を予測可能な先験的な認識であることいえる。つまり、ア・プリオリに可能な直観は、決して感覚の対象以外のものに関係することはできないのだ。

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