「コペルニクス的転回」を、今は中心に置かなくたって良いはずです。あと少し先に行けば、ほんとうに自然に育まれていることを、ぼくは確信して… 連載 超訳プロレゴメナ 200 読書会編138
須田隆雄:
そうだった! 12節を過ぎたあたりだったと思うけど、太陽が地球の周りを回っているんじゃなくって、地球が太陽の周りを回ってること、初めて知ったような、感激がありましたね!
池田幸男:
それを、カントは「コペルニクス的転回」って表現したんですね。
前島幸太郎:
カントはそれを、プロレゴメナを書き終えた4年後の1787年に公刊した『純粋理性批判』の第2版の序言に書き添えたのですね。
桐川夢見:
そうなんだ! わたしが『純粋理性批判』を読むのは、かなり先だって思ってたけど… その序言だけでも、すぐに読んでみたい! そんな気持ちになりました。
山際このみ:
わたしも、『純粋理性批判』は、そこしか読んでないけど、とても感動させられた! カントの不屈の精神も教えられたから…
須田隆雄:
でも先生の、学生時代のノートにはそこは、書かれないみたいですね。
曽根康夫:
でも、先生も、あの序言から不屈の精神を読みとったみたいでしたね。だから、いつかは、そこも超訳するって思えるんだけど…
編集者注記
純粋理性批判』の第2版の序言は、別途連載の『超訳 純粋理性批判』でも掲載することになる。ただし、上記連載の進捗からみてそれは早くても9月くらいになるだろう。
前島幸太郎:
そうですね! プロレゴメナを読んでいくためにも、あの序言は大きなアドバイスにもなるでしょうね。でも第9節には、それを予告することが書かれれています。
ぼくたちの直観が、もしも物事をそれ自体としてあるがままに表現するようなものならば、ア・プリオリな直観など存在しないだろう。そして直観は経験的なものだけを言うことになるはずだ。
桐川夢見:
ア・プリオリそのものが、「コペルニクス的転回」から生みだされたものなんですね?
池田幸男:
その通りだけど、今は、それが自分の中で、自然に思える気持ち、それを育むことが、重要なんじゃないのかな?
前島幸太郎:
ぼくも、そうだと思います。「コペルニクス的転回」を、今は中心に置かなくたって良いはずです。あと少し先に行けば、ほんとうに自然に育まれていることを、ぼくは確信しています。
そうして、第9節の読み合わせが始まった。
