プロレゴメナって、進めば進むほど、困惑さえ覚える本なんだよね… でも、ここから初めて、ア・プリオリの重要性が説かてるって期待もさせられる… 連載 超訳プロレゴメナ 199 読書会編137
第17回目の読書会が、2018年11月23日(土)に文京区の公民館で開催されました。
今回の対象は、第8節と第9節です。前回と同様にどちらも短い節ですが、形而上学で、ア・プリオリな考え方の必要性が問われているような印象が残る箇所もあります。
カントがそれを必要でないと、考えたことは一度もない。そう思っていますが、改めて基本に戻って考えなおす、それが、カント哲学を学んでいく重要な姿勢なのではないのでしょうか?
こうした基本的な視点をもつことで今回は、ディスカションして生きたものになった、それが参加者全員の中にあったようでした。
須田隆雄:
プロレゴメナって、進めば進むほど、困惑さえ覚える本なんだよね。だって第8節の冒頭は、こう書かれているんですから…
こうして今は、かなりのステップを進んだと思えるが、それで困難と思われたものが軽減されただろうか。いやかえって困難は増えてしまったのでないか、そう思うのが大半に違いない。
山際このみ:
でも、須田君はそれで、先に進むのをあきらめる気にはなってないんでしょう?
須田君は、少し考えているようだった。それもほかのことのようも、観えていた…
桐川夢見:
わたしも少し困惑してる… その次のセンテンスは、改めでア・プリオリの存在に疑問を投げかけてるんだから
ここに新たな問が生まれている。(視覚的な形で)直観が経験に先立つもの観ることが可能なのか。つまり、「あるものをア・プリオリに直観することは可能なのか」という問いが生まれている。
でも、ここから初めて、ア・プリオリの重要性が説かてるって期待もさせられるんだけど…
栗林雄太:
カント一流の背理法が観えてる、そんな気がしています。
池田幸男:
カントは、ここ以外でも背理法を多く使っていますね…
池田君は、幸太郎のほうに眼を向けていた。
前島幸太郎:
弁証論に入ると頻繁に使われいますね。それから比べると、ここは、それほど複雑なものではありません。
曽根康夫:
第8節が短いのは、読者に余計な神経を使わせたくなかったから、そうなんじゃないのかな?
須田隆雄:
そうだね! ぼくもさっき困惑って言ったけど、すぐに解決できるような安堵感も、同時にもっていたんです。
前島幸太郎:
でも、 その安堵が生まれるのは、空間と時間の概念を知ってからだから、かなり先ですね。
山際このみ:
おいおい、そうかもしれないけど、それって、プロレゴメナに馴染み始めた人には、気が遠くなりそうな話だよ!
桐川夢見:
いいえ、愉しみを待つ時間が長くなっただけ、そう思ってます。
栗林雄太:
ぼくも、桐川さんに、同感です。
