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概念は、そのいくつかをア・プリオリに簡単に形成することはできる。一般に対象の思考以外の何も含まないものなどを想定すれば… 連載 超訳プロレゴメナ 198 本編33

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第8節

 こうして今は、かなりのステップを進んだと思えるが、それで困難と思われたものが軽減されただろうか。いやかえって困難は増えてしまったのでないか、そう思うのが大半に違いない。
 ここに新たな問が生まれている。(視覚的な形で)直観が経験に先立つもの観ることが可能なのか。つまり、「あるものをア・プリオリに直観することは可能なのか」という問いが生まれている。なぜなら、直観は対象とするものが以前も現在も存在していなくても、直観が生まれなければならないからだ。だれがこれをあり得るとすることができるだろうか。
 実際に概念は、そのいくつかをア・プリオリに簡単に形成することはできる。一般に対象の思考以外の何も含まないものなどを想定すれば理解できるだろう。ぼくたちが、自分自身をその対象と直接の関係に置く必要はないが、量や原因などの概念を考えてみれば良いだろう。
 しかし、こうしたものの意義や意味を理解するには、ある具体的な使用、その一つがぼくたちに与えられの直観(感覚としての経験)が必要となる。だがオブジェクトとしての対象が直観に先立って存在することが、なぜできるのだろうか?

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