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この問いに向かい合った人が、知的で優れた理解力を持っていたにしても、必ず最初はその難しさにうんざりしてしまい、この問いには答なんかあり得ない思っても当然だ… ここって、先生の気持をそのまま書いたところないかしら?…  連載 超訳プロレゴメナ 180 読書会編125

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超訳プロレゴメナ読書会 第十四回から
 
ディスカション(承前)
 
栗林雄太:
 裏付けをもった常識って、どんなものなんだろうか? 歴史的な経緯があって多くの知見になっていれば、トマス・ペインのように受け入れられるだろうけど!
 
池田幸男:
 カントが説いたことは、カントの時代の常識ではなかったってことにもなりますね。
 
前島幸太郎:
 だから優れた能力をもった人でも、カントが説いていることが理解できなかったのでしょうね? カントは書いています。

 この問いに向かい合った人が、知的で優れた理解力を持っていたにしても、この問いが何を要求しているのかを注意深く考察すれば、必ず最初はその難しさにうんざりしてしまい、この問いには答なんかあり得ない思っても当然だ。 …純粋な総合的認識が、ア・プリオリに存在するなんて、どう解決するつもりなんだ!

第177回 本編29

山際このみ:
 ここって、先生の気持をそのまま書いたところないかしら? ゼミのテキストじゃ、最後のところは、こう書かれているだけだもの、

 この課題そのものをまったく不可能と思うに違いない。

岩波文庫 p.58

桐川夢見:
 面白ーい! 先生のボヤキが聴こえてくるみたいで…
 
 一同が先生のほうを見たけれど、先生はコトラちゃんと何か話しているみたいだった。
 
曽根康夫:
 ヒュームのことを、こう書いています。

 鋭敏だった彼は言っている。
 ある概念が与えられたとき、この概念のうちに含まれたものが、先に概念を飛び越えて、その概念に含まれていない別の概念と結びつくことができるのか?
 そうした結合を与えてくれるのは経験のほかには何もない(こうして彼はここに解決の不可能をみてある結論を行った)、必然性のすべて、あるいは同じことだが、必然的とされたア・プリオリな認識は、長年の習慣で何かを真実として受け入れ、そのために主観的な必要性を客観的なものと取り違えたに過ぎない、と。 

第177回 本編29

  優れた人でも、形而上学の真理は簡単には把握できないってことなんでしょうね!
 
牧野照邦:
 でもカントは、ヒュームを全面否定はしていません。至らない部分を見つけ、なぜそうなったかを検討した結果が、今日の形而上学の礎を築いた、ぼくはそう確信しています。
 
 荒川先生が、全員に眼を向けて微笑んでいるようだった。

 それからしばらく経つと先生の奥様が、赤ちゃんを抱いて入ってきた。そして先生の足元に、赤ちゃんを下ろした。すると赤ちゃんがハイハイしだした。それを観た先生は驚くと同時に、笑顔がさらに大きなものになった。
 奥様に続くように入ってきたお嬢さんとコトラちゃんもそれを観ていた。ぼくたちには、コトラちゃんまで笑顔でいるように観えていた。

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