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ア・プリオリに直観するこの能力は、現象の問題(つまり、経験的なものを構成するため、その中の感覚要素)に影響を与えるのではなく、その形式、つまり空間と時間に影響を与える… 連載 超訳プロレゴメナ 212 本編36

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第十一節

 こうして本章が問いとした「純粋数学はどうすれば可能になるのか」は解決した。純粋数学でア・プリオリな総合的認識が可能なのは、感覚の対象である直観だけを対象にし、それ以外を参照しないからなのだ。
 感覚が対象とする経験的直観の基礎には、ア・プリオリな(空間と時間での)純粋な直観が存在している。経験的直観は単なる感性の形式にすぎない、これこそが、対象の出現に先立って純粋な直観が存在することを可能にしている。
 だが、ア・プリオリに直観するこの能力は、現象の問題(つまり、経験的なものを構成するため、その中の感覚要素)に影響を与えるのではなく、その形式、つまり空間と時間に影響を与えることになる。
 もしこれらが物事そのものではなく、感性との関係に固執して疑う人がいるなら、ぼくは喜んで新たな探索を始めるだろう。物事の構成をア・プリオリに、つまりぼくたち知る前にどのようにして知ることができるのかと。
 ここで取り上げたものは、空間と時間のおいて、まさしく当てはめることができる。これは、時間と空間が、ぼくたちの感性の形式的な条件にすぎないものであることであって、対象が単なる現象として見出されることで、すぐに理解できるものだ。
 なぜなら、そのときの現象の形式、つまり純粋な直観は、ぼくたち自身から、つまりア・プリオリに生まれるものとして表現できるからだ。

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