読書会は英才教育の場ではありません、互いが興味を持って愉しむことが主要な目的の場ですから… 超訳プロレゴメナ 117 読書会編82
超訳プロレゴメナ読書会 第七回から
牧野照邦の感想
今回で7回目の読書会となったって聞いています。前回までの6回を序説に費やしたことになるわけですね。結構時間を費やしたわけですが、これをけっして遅すぎるとは思いません。要所要所を十分に理解して進んでいくことは、とても大事なことですから。
しかし、それは参加者みんなの理解が同一線上に並ぶことが前提であることも考えなければなりません。場合によっては最低ラインに揃えることも必要かもしれません。読書会は英才教育の場ではありません、互いが興味を持って愉しむことが主要な目的の場ですからね。
荒川先生が、『プロレゴメナ』の超訳にとり組んだ意味も考えてみなければならないでしょう。哲学を専攻する人だけでなく、対象の観察や認識について興味を抱く多くの人たちに読んでもらいたかったことが、とり組んだ主因だったということも考えなければならないでしょう。
ただし、読みやすい日本語になってはいても、超訳は懇切丁寧には書かれたものでもありません。先生の考えもいたるところに見えても、カントの基本の構成を壊すものにはなってはいません。その意味では今回は、科学の三点の特徴について参加者全員がディスカッションしたのは、書かれていない具体例を共有したという意味で重要なことでした。
ただし例が物理的なものに限られていたのは、少し残念にも感じました。もっと心理的ものもこれから考えていく必要があるでしょう。
そうは思いましたが、あの場でぼくはそれには触れませんでした。今の段階では少なくとも納得できることが大事なことですからね。
でも須田君が、ファウストとメフィストフェレスに触れたことは、とても面白い発想だと感じましてけれど…
これから先は、経験とは無関係な方向で形而上学を確立していくことになります。それは概念の抽象化であって、そこから演繹を経て、総合の途に進んでいくことになります。それは、多くの具体例から相違性や相似性を追求して類型化を図る途でもあると言えます。
ここを概略であっても抑えておけば、空間と時間の中での存在が明確になっていくはずです。
かなり抽象的な文章になってしまいました、けれども参加者のすべてが、ぼくの真意を理解してくれる、それは確実なことと信じています。
