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経験の対象とならないものは、認識の観点から言えば、別次元で考えるものとの背景も観えてくる。ぼくは、ここにヌーメノンの考え方が潜んでいるに思えてならない… 連載 超訳プロレゴメナ 216 プロローグ編32

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 今回は、第12節が対象になる。

 この節でも空間が取り上げられる。だが前節までとは違い、限定されたものとして空間を対象にしているように観える。冒頭では幾何学の手順に触れているが、経験として可能な対象に絞っていることも解る。

 空間 (それ自体が、別の空間と限界を持たないもの)が、三つの次元を持ち、それ以上の次元を持つことはできないという事実は、直角に交わる線は3本までしかないという命題に基づいている。この命題は概念から示すことは、けっしてできない。つまりこの命題は、直観に直接に依存したものであり、実際に暗黙的な事実として確実だから、純粋なア・プリオリな直観に基づいている。

第217回 本編37

 これは前のセクションにある「(経験的な確実性だけを持つものが)常にそうなっていると解っている時だけしか、ぼくたちの感覚が届く範囲だけでしか有効としか言えない」を受けて書かれたものだが、経験の対象とならないものは、認識の観点から言えば、別次元で考えるものとの背景も観えてくる。
 ぼくは、ここにヌーメノンの考え方が潜んでいるに思えてならない。それを早合点という人もいるかもしれないが…
 しかし、この節には、「コペルニクス的転回」の影さえも観えているのではないか。たとえ人に早合点と言われようとも、ぼくはここに見るのだ。

 ヌーメノンとフェノメノンの萌芽を!

 デイスカッションでも、だれかがそれを口にすることを期待しいる。

 だが今回は、ZOOM読書会の第一回だから、そのほうに話題が集中するかもしれない。

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