【ISFPの作品かも】〜五感から見つける自分らしさと人生の意味〜
今回は、ISFPらしい作品について考えてみます。作品のテーマ、物語の進み方、人物の描き方、映像や音楽などを見たときに、
作品そのものにFi-Se-Ni-TeというISFPらしい心理機能の流れを感じるもの。そんな作品を、漫画・アニメ・ドラマ・映画・歌から探してみたいと思います。
もちろん、作者や作り手本人のMBTIを断定するものではありません。あくまで、「作品にどんな心理機能が表れているか?」という視点からの考察です。
ISFPらしい作品はもちろんISFPにも刺さりますが。INTJもかなり好きです。またほかのMBTIでも、Fiがささる、Niがささる…というタイプはいると思います。
ISFPの心理機能
ISFPの心理機能は、以下の通りです。
第1機能:Fi(内向的感情)
第2機能:Se(外向的感覚)
第3機能:Ni(内向的直感)
第4機能:Te(外向的思考)
ただし、作品を見るときには、この4つが同じ強さで並いるわけではないと私は考えています。
第1機能Fi…作品全体にあふれる。物語を前に進める表の作品テーマ。
第2機能Se…物語の進行を支える。
第3機能Ni…最も大切にされる物語の帰結。裏の作品テーマ
第4機能Te…意識的に使われる。物語を成立させたいときの奥の手。
そんな構造になるというのが私の仮説です。
Fi――作品全体に流れる「私はこう感じる」
ISFPの主機能はFi。
そのため、ISFPらしい作品では、個人の感情や価値観が作品全体の根底に流れているように思います。
「社会的に何が正しいのか」「みんなにとって何が幸せなのか」という大きな理念よりも、
私は、この人が好き。
私は、これを大切にしたい。
私は、これは嫌だ。
私は、こう生きたい。
という、とても個人的な感情。
それが登場人物の選択にも、作品の視点にも、世界の切り取り方にも現れます。
必ずしも、その感情が言葉で説明されるとは限りません。むしろ説明されないまま、登場人物の表情や行動、選択から、
「この人にとって、これは大切なんだ」
ということが伝わってくる。
Fiは物語を動かす一つの要素というより、作品全体に流れている血液のようなものなのかもしれません。
Se――Fiの世界を「見えるもの」にする
そして、そのFiを支えるのが第2機能のSeです。
ISFPらしい作品では、
景色。料理。服。音楽。季節。光。身体の動き。人の表情。
そうした「今ここに存在しているもの」が、とても大切に描かれることがあります。
ただ美しい映像を見せたいだけではありません。
言葉にしにくいFiの感情を、Seによって外の世界に表している。
寂しいと言わなくても、誰もいない部屋を映す。
幸せだと言わなくても、一緒に食べている料理を丁寧に描く。
好きだと言わなくても、相手を見る表情で伝える。
Fiで感じているものを、Seによって体験できるものにする。
だからISFPらしい作品は、あらすじだけを読んでも魅力が伝わりにくいことがあります。
実際に見て、聞いて、感じることで初めて伝わるものが多いのです。
Ni――物語が最後にたどり着く場所
そして、ISFP作品を考えるうえで意外と重要なのが、第3機能のNiだと思います。
Niは、さまざまな出来事の奥にある意味を見つけ、それを一つの方向へ収束させていく機能です。
ISFPらしい作品では、最初から大きなテーマが前面に出ているとは限りません。
一人の人間が、誰かを好きになったり、何かを失ったり、美しいものを見たり、傷ついたり、日々を生きたりする。そんなFi-Seの積み重ねがあります。
そして最後に、
「私はどう生きたいのか」
「私にとって、この出来事は何だったのか」
「結局、私が大切にしたかったものは何だったのか」
という一つの意味へたどり着く。
ここが、ISFP作品にとって非常に大切なのではないかと思います。
Fiで感じ、Seで経験し、最後にNiによって、
「だから私は、こう生きる」という一つの答えにたどり着く。
派手などんでん返しではなくても、
見終わったあとに一つの意味が静かに残る。
それがISFPらしい物語の帰結です。
Te――物語を現実に着地させる
そして劣勢機能がTeです。
ISFPにとってTeは、FiやSeほど自然に使われる機能ではありません。
だからこそ、必要なものとして意識的に使われるように思います。
気持ちだけでは問題は解決しません。
生きていくためには働かなければならない。
何かを実現したければ行動しなければならない。
誰かと生きるなら、現実的な選択もしなければならない。
そこでTeが登場します。
ただし、効率化や問題解決そのものが作品の目的になるわけではありません。
あくまで、Fiで大切にしているものを、現実世界で守るためのTe。
何を大切にするのかを決めるのはFi。それを現実の世界として体験させるのがSe。その経験が最終的に何を意味するのかを示すのがNi。
そして、その物語を現実の中で成立させるためにTeが使われる。
ISFPらしい作品とは
つまり、ISFPらしい作品では、
Fiが全体に流れている。
その個人的な感情や価値観を、
Seによる具体的な世界や感覚が支えている。
そして物語の最後には、
Niによる一つの意味や生き方へと収束していく。
その過程で必要になる現実的な問題解決には、
Teが意識的に使われる。
この、Fi → Se → Ni + Te
という構造が見えてくる作品を、
今回は「ISFPらしい作品」として探してみたいと思います。
では、漫画・アニメ・ドラマ・映画・歌、それぞれから見ていきます。
紹介作品①漫画:『海街diary』
ISFPらしい漫画として、まず挙げたいのが吉田秋生さんの『海街diary』です。
物語は、鎌倉で暮らす三姉妹が、父親の死をきっかけに異母妹のすずと出会い、四姉妹として暮らし始めるところから進んでいきます。
この作品の面白いところは、何か大きな事件が起き、それを解決することで物語が進んでいくわけではないところ。
ご飯を食べる。仕事へ行く。海を見る。梅仕事をする。恋をする。誰かを失う。
そんな日々の生活を積み重ねながら、四姉妹とその周囲の人々の人生が描かれていきます。
Fi――誰かの感情を「正解」にまとめない
この作品の根底に流れているのは、かなりFi的な価値観だと思います。
たとえば、四姉妹の父親。
長女の幸たちにとっては、自分たちを置いて家を出ていった父親です。しかし、異母妹のすずにとっては大切な父親でもあります。
同じ一人の人間について語っているのに、そこに抱く感情は当然違う。
『海街diary』は、そうした感情を簡単に一つの正解にまとめようとしません。
誰かにとって悪い人だったからといって、別の誰かにとって大切な人だったことまで否定する必要はない。逆に、誰かに愛されていたからといって、自分が傷つけられた事実をなかったことにする必要もない。
「私は、この人をどう感じているのか」
それぞれが持っている個人的な感情を、その人自身のものとして大切に扱う。そんなFi的な視点が、作品全体に流れています。
Se――感情を「生活」で描く
そして、そのFiを支えているのがSeです。
『海街diary』には、鎌倉の海や山、季節の移り変わり、食事、梅仕事、古い家、自転車など、具体的な生活の風景がたくさん登場します。
そして重要なのは、それらが単なる背景ではないこと。
一緒にご飯を食べる。同じ家で眠る。季節が変わる。梅の実を収穫する。同じ景色を見る。
そうした「今ここで一緒に経験していること」の積み重ねそのものが、人と人との関係を作っていきます。
「私たちは家族になりました」と言葉で説明するのではなく、
一緒に暮らし、食べ、笑い、季節を過ごしていく姿を見せることで、
いつの間にか家族になっていることを感じさせる。
Fiの言葉になりにくい感情を、Seによって目に見える世界へと落とし込んでいる作品なのだと思います。
Ni――積み重ねた日々が、一つの意味になっていく
そして物語の帰結として大切になるのが、Niです。
『海街diary』では、一見すると小さな日常の出来事がずっと積み重なっていきます。
けれど物語が進むにつれて、それらが少しずつ、
家族とは何なのか。
人から受け取ったものを抱えて、自分はどう生きていくのか。
という一つのテーマへ集まっていきます。人は親から、良いものだけを受け取るわけではありません。愛情もあれば、傷もある。
そして過去そのものを変えることはできません。それでも、自分が誰かと過ごし、何を感じ、何を大切にしてきたのかを通して、
「では、自分はこれからどう生きるのか」
という自分なりの答えを見つけていく。
最初から大きな思想を掲げるのではなく、Fiで感じ、Seで日々を生きた結果として、最後に一つの意味が見えてくる。
この流れが、とてもISFPらしいように思います。
Te――気持ちを抱えたまま、現実を生きる
もちろん、気持ちが整理できただけで人生が終わるわけではありません。
登場人物たちは仕事をし、生活を維持し、人間関係について決断し、自分のこれからを選んでいきます。
ここにはTeも使われています。
ただし、効率的に問題を解決すること自体が目的なのではありません。
「私はこれを大切にしたい」
というFiが先にあり、その気持ちを抱えた自分が、現実の世界で生きていくためにTeを使う。そんな順番です。
『海街diary』は、
Fi――それぞれの個人的な感情を大切にする
その感情を、
Se――食事や季節、景色、日々の生活によって体験させる
そして、その積み重ねが、
Ni――「私はこれからどう生きるのか」という一つの意味へ収束する
さらに、その答えを、
Te――現実の人生の選択へ落とし込んでいく。
そんなFi-Se-Ni-Teの流れが、とてもきれいに見える作品です。
大きな答えを最初から語るのではなく、
目の前の日々を大切に生きた先に、自分なりの答えが見えてくる。
そこに、『海街diary』のISFPらしさがある気がします。
☆個人の感想、仮設です。
紹介作品②小説:小川糸作品
ISFPらしい小説として挙げたいのが、小川糸さんの作品です。
『食堂かたつむり』『ツバキ文具店』『ライオンのおやつ』など、
小川糸さんの小説には共通して、
食べること。
暮らすこと。
季節を感じること。
誰かを大切に思うこと。
が、とても丁寧に描かれています。壮大な世界の謎を解き明かしたり、社会そのものを変えようとしたりする物語ではありません。
一人の人間が目の前の暮らしを生きながら、自分の感情と向き合い、
「私は何を大切にして生きていきたいのか」
という答えを少しずつ見つけていく。
この物語の流れに、Fi-Se-Ni-TeというISFPらしい心理機能がよく表れているように思います。
Fi――「私にとって大切なもの」が物語の中心にある
小川糸作品の根底には、個人の感情や価値観があります。
誰かを好きだった。
誰かに傷つけられた。
許せない。
それでも大切だった。
この場所が好き。
これをしている自分が好き。
そうした、とても個人的な気持ちです。
それを「一般的にはこうするべき」と大きな理念へ変換するのではなく、
その人にとって、その感情が存在すること自体を大切にする。
ここにFiらしさを感じます。
『ツバキ文具店』では、主人公の鳩子が祖母との複雑な関係を抱えながら、祖母から受け継いだ代書屋として暮らしていきます。
単純に「祖母を許す」「過去を乗り越える」という話ではありません。
自分が祖母に対して抱いていた感情も、その人から受け取ったものも、どちらも自分の中にある。
その両方を抱えながら、
「では私は、これからどう生きよう」
と考えていく。
とてもFi的な物語だと思います。
Se――食べ物、季節、手仕事。感情を五感で描く
そして、小川糸作品を特徴づけているのがSeです。
料理。お茶。お菓子。
手紙。紙。インク。
植物。風。季節。
家。土地。
人の手で作られたもの。
小川糸作品では、こうした実際に触れたり、味わったり、匂いを感じたりできるものが非常に大切にされています。
『食堂かたつむり』なら、料理を作って誰かに食べてもらう。
『ツバキ文具店』なら、相手に合わせて紙や筆記具を選び、実際に手を動かして手紙を書く。
『ライオンのおやつ』なら、人生の終わりという大きなテーマを扱いながらも、そこに「おやつ」という具体的な味覚があります。
つまり小川糸作品では、
感情を、感情のまま説明し続けない。
食べる。書く。作る。歩く。季節を感じる。誰かと同じ時間を過ごす。
そうしたSe的な経験を通して、Fiの感情が少しずつ形になっていきます。
だから小川糸作品は、あらすじだけを読むと驚くほどシンプルです。
けれど実際に読むと、その世界に「いる」ことそのものが作品体験になる。
ここは、とてもISFP的だと思います。
Ni――最後に「自分の人生とは何だったのか」へたどり着く
そして、小川糸作品で最も大切にされている物語の帰結がNiです。
目の前の暮らしを丁寧に描いているだけのように見えて、その先にはいつも、
「私はどう生きるのか」
という一つの問いがあります。
特に『ライオンのおやつ』では、それが非常にわかりやすく表れています。人生の終わりが近づいたとき、何を食べたいのか。誰を思い出すのか。どんな時間が幸せだったのか。そうした具体的な記憶や感覚を辿りながら、
「自分にとって、この人生は何だったのか」
という一つの意味へ近づいていきます。
ここが面白いところです。
最初からNiで「人生とは何か」を考えるのではありません。
まずFiで感じる。Seで目の前の生活を味わう。その経験を積み重ねた先に、
「ああ、私が大切にしたかったものは、これだったのかもしれない」
というNi的な答えが見えてくる。
だから小川糸作品には、静かな日常を描いているのに、読後に人生そのものについて考えさせられる作品が多いのだと思います。
Te――大切なものを守るために、実際に暮らしていく
そして最後にTeです。小川糸作品の主人公たちは、ただ自分の内面について考えているだけではありません。
料理を作る。店を営む。
仕事をする。手紙を書く。
生活する。人との関係を作る。
自分が大切にしたいものを、現実世界の中で実際の行動に変えていきます。
ただし、Teそのものが目的ではありません。
「効率よく成功したい」「社会的な成果を出したい」という方向ではなく、
自分が大切にしたい暮らしを実現するために、現実を整えていく。
あくまでFiのために使われるTeです。
小川糸作品には、
Fi――自分にとって大切なものを見つめる
という価値観が作品全体に流れ、
Se――食事、手仕事、自然、季節などの具体的な暮らし
がその感情を支えています。
そして、それらを積み重ねた先で、
Ni――「私はどう生きるのか」「私の人生にとって何が大切なのか」
という一つの意味へたどり着く。
さらに、
Te――その大切なものを、現実の暮らしの中で形にしていく。
この流れが、とても綺麗です。
自分の感情を大切にしながら、目の前にあるものを味わって生きる。
そして、その日々の先に、自分だけの人生の意味を見つける。
小川糸作品には、そんなISFPらしい世界が流れているように思います。
おわりに
今回ISFPらしい作品をまとめてみました。
やっぱりINTJの私から見てもかなり魅力的。Niが帰結にあることもさながら、INTJにとってFiって、素直に「いいなあ」と感じる心理機能のような感じがします。
また、ISFPっぽい作品。ほかのMBTIっぽい作品もまとめていきたいと思います。リクエストも受け付けています。
