実家の売却(後編) | 自力でがんばる実家じまい
物が溢れていた実家を、ようやく空っぽにして、実家を売却しようとがんばってきたのに、大きな壁が、私の前に立ちはだかっていた。
いったん絶望した後、落ち着いて、自分なりに状況を整理した。
空き家になってしばらく経っていた実家を、父が手放す決断をなかなかできなかったとき、弟は、
「お父さんがどうしても手放すことができないなら、ぼくが相続する。」
といっていた。古い家を相続することによって被るリスクよりも、親の気持ちを優先する、弟らしい考え方だ。
まずは、現状を弟に伝えよう。
父から弟に名義変更をすれば、弟が連棟3軒分の持ち主の意見をまとめて、建て替えなり、更地にしての売却、というシナリオもありうる。それなら、実勢価格に近い金額での売却も可能だろう。
私は弟に連絡をし、丁寧に事情を説明した。状況を理解した彼は、
「ぼくも、お父さんの説得に協力する。もう売却したほうがいいと思う。」
と返してきた。
弟は、実家近くに、家族で暮らす自分の家を持ち、栃木の家も相続することになっている。新卒からひとつの会社に勤め続け、親と同様、ごくごく堅実に暮らしている。彼も、それほどお金に困っていないのだ。それよりも、ややこしい不動産取引に、関わり合いたくないのだ。
こうなったら、私も腹をくくるしかない。
父が、家の売却を受け入れられるようなシナリオを、慎重に練った。とにかく、このタイミングで家を手放すことが大事で、値段の問題じゃない、という話に持っていかなければならない。
私が、家族間の話の進め方に、頭を抱えている間、不動産やさんは、連棟の2軒のかたに、会いにいってくれた。うちを手放す際には、事前に声をかけてほしい、といわれていたことを、私から不動産やさんに伝えてあったのだ。
なんと、1軒の方から、娘の家族を住まわせたいので、自分が買いたい、という申し出があったという。
父としては、同じ条件でも、専門業者さんに売るよりは、かつてご近所さんだったかたのご家族に売るほうが、気持ち的にも収まりそうな気がした。どうやら、その娘さんご家族と、父と母は面識があるらしい。
私は、ていねいに、父に事情を説明した。
実家は、建築基準法の関係で、更地にするのも、リフォームもできない物件だという事実。そのため、実勢価格での販売は難しく、そのような物件を扱う専門業者さんがいるということ。そして、彼らから提示された金額を伝えた。(予想通り、父は大ショックを受ける)
私は、父を諭した。
お父さん、家族4人が、あの家で幸せに暮らせたのだから、それでもう十分だと思わない?お父さんががんばって働いてくれたおかげで、ちゃんとローンも返せて、弟も私も育ててもらえて、お父さんも、お母さんも、今なお元気で過ごせてる。年金もあるし、貯金もある。あの家は、もう十分に役割を果たしたと思うよ。
父は、少し考えさせてほしいといい、電話を切った。
私の連絡のあと、弟も父に話をしてくれた。不動産やさんも、父に状況を説明しにいく、と申し出てくれた。
数日後、父から、売却手続きを進めてくれ、と連絡がきた。さすがに、この機会を逃したら、問題がよりややこしくなる、と思ったのだろう。
さっそく不動産やさんは、契約に向けて準備を始めてくれた。現状引き渡しで、契約後、売主への責任追求等は基本的になし、という条件ではあったものの、買主さん(連棟に住むかたのご家族が買ってくれることになった)に、過去の修理履歴等もきちんと伝えての契約にするため、その情報収集、確認に、私もかなりの労力を費やした。
契約後のトラブルを、できる限り回避することを徹底する不動産やさんなので、彼のいう通りにしておけば、後から面倒なことがおきることはない。彼を信じて、歯を食いしばり、ラストスパートを駆け抜けた。
契約は、父からの委任状をもって、私が行った。不動産やさんの事務所で、契約書の確認を行い、いよいよ売買代金の振込、入金確認と思いきや、まさかの現金払いだった。
不動産取引としては少額ではあるが、受け取り金額の確認も自分でしなければならない。買主さんが差し出し、テーブルに乗せられたお金は、帯すらない、古い紙幣だった。
仕事がら、大きなお金を扱うことも多かったが、ある程度まとまった金額を、帯のない状態で、目の当たりにしたのは、はじめてのことだった。なぜか、情けないような、悲しい気持ちになった。
不動産やさんと、私で、紙幣を数え、領収書に捺印した。ゴールデンウィーク明けの平日、都心の気温はあがり、実家の売買代金を受け取るだけで、汗だくになった。
受け取った現金を、不動産やさんの事務所近くの郵便局のATMに持っていき、父の口座に入金した。
長かった実家じまいが、ようやく終わった。
