実家の売却(前編) | 自力でがんばる実家じまい
いよいよ実家が空っぽになる目処がたってきた。連休中に、弟が必要なものを持ち出せるように予定を組み、弟に最後通牒として伝えた。連休明けに、男性2名、軽トラで最後の片付けを手伝っていただくよう、手配もした。いよいよ家の中を空っぽにする。
十数年来のつきあいをしている、信頼している不動産やさんに、片付けがようやく完了すること、そして、いよいよ売却に向けて、具体的に動きだすサポートをお願いする連絡をいれた。実家の売却を手伝って欲しいという依頼は、実家じまいを始めるタイミングで連絡し、快諾いただいていた。
私は、家の作りが、連棟になっていることを懸念していた。大通りから、家に入ってくるまでの道路も狭い。最後の数十メートルは私道(4世帯での持分)となっている。
都心まで30分ほどででられる最寄の駅から、徒歩15分ほど。東京近郊の住宅街として、人気のあるエリアではある。
下調べをしておいてくれた不動産やさんは、
「市場価格からいって、○○○円くらいでは売れると思います。少し価格を下げれば、すぐにでも売れると思いますよ。」
と、心強い返事をくれた。
数日後、売買に向けての具体的な調査に入った彼から、連絡が来た。
「建築確認申請が見つからないんです。お父さんから、なにか聞いてますか?」
ひー。不安的中だ。
その後の調査により、実家は3軒の家がつながった連棟というかたちになっており、建築確認は、連棟1軒分として手続きされていた。私道に入る手前の道路が狭いために、そのような扱いになっていたようだ。
まず、3軒を個別に取り壊すことができない。つまり、家はかなり古くなっているものの、我が家だけ更地にして売却、という手段が使えない。そして、大掛かりなリフォームも不可能。家を取り壊す、または、リフォームする際は、3軒まとめてやるしかない。
赤の他人であり、資産状況も全く異なる3世帯が、それぞれの家に暮らしているだけに、だいぶややこしい状況だ。
我が家は、数十年前、父が新築でこの家を購入し、住み続けていたが、他の2軒は買い替えにより、中古で購入した方たちが暮らしていた。
私が実家の片付けのために、頻繁に出入りするようになり、お隣の方たちとも挨拶を交わすようになっていた。いずれも、私の親と同世代の方で、
「家を手放すことになったら、具体的な話を進める前に声をかけてほしい。」
といわれていた。
彼らは、購入の際の重要事項説明で、この家の状況を正しく理解されていたのだと思う。
不動産やさんからは、かなり厳しい条件付きの売買となるため、そういう取引を専門にしている業者さんに買ってもらうのがいいだろう、というアドバイスをいただいた。
私としては、売却に時間をかけたくないし、もし、運良く売却という運びになっても、契約やその後のやりとりで、面倒が起きるのも耐え難い。専門業者さんへの売却であれば、売り切りで、引き渡し後の責任追求などもない条件での交渉もできるという。
親は、祖父母が住んでいた家に転居し、すでに数年経っており、慎ましく暮らしていることもあり、年金で生活できている。多少の貯金もある。
先延ばしすることによるリスクを考えると、売却価格云々よりも、一刻も早く、この家を手放すことを優先したほうがいいと思った。
不動産やさんに、専門業者さんへの売却の方向で話を進めてもらうことを依頼した。1週間ほどで、専門業者さんの買取価格がでてきた。
覚悟していた私でさえ、驚くほど安い金額だった。
何十年もローンを払ってきた父にとっては、受け入れ難いであろう金額だった。
父がごねて、実家の売却が暗礁にのりあげてしまう未来しか見えない。
必死でやってきた地獄の実家じまいも、ここまでか。
埃だらけの不用品の山に途方に暮れたこと、大量のごみ袋を何時間もかけて回収所に運んだこと、ステップワゴンに不用品を鮨詰めにしたクリーンセンター通い、地獄の日々が、走馬灯のように、私の頭の中でぐるぐるとまわった。
長編すぎるため、後編に続く。
