見出し画像

混乱期 そして帯状疱疹に | 老後の暮らしを整える

健康で、快活な母が認知症の診断を受けた。

私は1年ほど前から、母のふるまいに違和感を覚えていた。病院に連れていこうとしたが、母のそばにいる父と弟は、それを頑なに拒み続けていた。そして、母はおれおれ詐欺に遭ってしまった。

親たちからはお金の管理を頼まれた。彼らの銀行口座の整理と並行して、まずは母の運転免許証の返納、ケアマネージャーさんへの相談など、気の進まないタスクも放っておくわけにはいかない。

認知症の診断を受けた際に、ドクターより、車の運転はもとより自転車に乗るのも控えたほうがいいだろう、と告げられた。母は完全にショック状態で、なにも耳にはいっていない様子だった。

病院から戻り、その日のうちに近所の警察署に行き、運転免許証の返納手続きをした。母があれこれ悩む前に手続きを終わらせてしまおうと、「お医者さんから言われたのだからしかたない」と言い、母と一緒に警察署に行った。

母が運転免許証をとったのは、私が中学生の頃、塾通いの送り迎えをするためだった。母との思い出を振り返る間もないほどに、運転免許証の返納手続きはあっけないほど簡単に終わった。

そして、ケアマネージャーさんについてもらうため、地域包括センターに電話をいれた。

「母が認知症の診断を受けて・・・」と言うのが、とても苦しかった。

が、電話で応対してくれた方が、思いのほか明るく、てきぱきと今後の段取りを説明してくれる。彼女の説明を聴いているうちに、(認知症になったからといって別にこの世の終わりでもなんでもないんだ)と思えてきた。

とにかく、認知症という病名、負のインパクトが大き過ぎると思う。

他の病気と同様に、症状は人それぞれで、状況に応じて、必要なサポートをしていくことが大事なのに、認知症というレッテルの威力がとにかく半端ない。

診断を受ける直前まで、◯○さんであり、誰かのお母さんであり、ふつうの元気なおばちゃんであったのに、突如として、なぜか認知症のひと、みたいに思えてしまう。

本人も絶望するし、家族も絶望してしまう。

認知症の診断を受ける直前まで、元気に家事をこなし、車の運転をし、お友達とおしゃべりを楽しんだり、おせっかいおばさん丸出しで困っているひとがいれば手助けしていた母は、診断を受ける前と後でなにひとつ変わっていない。

父も、私よりもずっと母の近くにいた弟も、ただただ困惑して、とにかく今まで通りを貫こうとしていた。父も弟も、自分のショックにいっぱいいっぱいで、母の気持ちに寄り添う余裕もない。

母は死にたいと言い、父とけんかばかりしていた。実家は荒れ狂う嵐のような状態だった。

この混乱もいつかは収まるだろうと思いながら、母をなだめ、父を諭し、認知症についての本を読み漁りながら、自分のやるべきことを模索しているうち、私は帯状疱疹になった。

今思えば、当時がもっとも地獄だった気がする。


いいなと思ったら応援しよう!