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父がフレイルになりかけてる | 老後の暮らしを整える

半年ほど前から、父がたびたび体調を崩すようになった。体調不良に伴い、メンタルも不安定になり、意味不明な言動も増えてきた。

数ヶ月前の救急車騒動を経て、母のケアマネさんが動いてくださり、介護保険で 要支援1 となった。数年に渡って親たちの暮らしを見守り、サポートしてくれているだけあって、父の状況もよくよく理解いただいた上でのスピード対応だった。本当にありがたかった。

デイサービスに通い、お昼ごはんやお風呂をサポートいただくという選択肢もあったものの、父の意向で、週2回、ヘルパーさんが家事のサポートに入ってくださるようになった。

1年ほど前から、私は、父との直接のやりとりを絶っている。

父としては、私に対して、甘えの気持ちもあったのだろう。認知症の母の代わりに、感情の捌け口にしたかったのかもしれない。

頻繁に電話をかけてきて、嘘をついたり、暴言をはいたりと、その言動が目に余るようになった。母はがまんしてきたことでも、私が許す理由はない。

数度の警告の後、父の電話をブロックした。

折をみて、夫が、父に様子を伺う電話をいれてくれている。さすがの父も、私の夫には多少の気も遣う。おとなとしての会話が、なんとか成り立っている。

なにかサポートが必要な場合は、弟、ケアマネさん、状況次第では病院から、私に連絡が入る。

弟はともかく、ケアマネさん、病院の方には申し訳ない気持ちもあるものの、やむをえない。とにかく、私のサポートを求められたら、どんなことでも、最優先で対応している。

先日も、家のちょっとした修理に入ってくれていた大工さんが、父の様子をメールで伝えてくれた。たまに親を訪ねてくれる親族や、食材の配達をしてくださっている方も、こまめに、親たちの様子を私に伝えてくれる。

数年に渡って、がっつりと、親たちの暮らしに関わっていたこともあり、結果的に、親の周囲の方々との関係を築くことができた。

そのため、父と直接連絡をとらなくても、親たちの様子はそこそこ把握できるようになっていた。

父がだいぶ弱ってきている、ということもわかっていた。
たぶん、フレイルになりかけているのだと思う。

「フレイル」とは、歳とともに、体力・気力が低下した状態のことです。フレイルの状態となることで、病気になりやすい場合や、生活の質が低下することがあります。ただし、適切な対策で、健康な状態に戻ることが可能な「可逆性」という特徴を持っています。2014年に日本老年医学会が提唱した概念で、英語の「Frailty(フレイルティ:虚弱)」が語源となっています。

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今は、私が家を離れずらい状況のため、弟が月に数回、親の家を訪れて、親たちの様子を見てくれている。

弟も、親たちが少しずつ弱ってきているのは実感していたものの、(たぶん父の抵抗もあってだろう)結果的には、具体的なアクションを起こすことができなかった。

数日前、弟、ケアマネさんから連絡があり、父が「もうしんどいから、明日、病院にいって入院させてもらう」と言い出した、という。

会社員の弟も、さすがに、平日突然仕事を休んでとんでいくわけにもいかない。

ケアマネさんからは、私が親のところにいって、なんとか事態をおさめられないか?という打診もあった。が、私も急には家を離れられない。

ケアマネさんと相談をして、とりあえず、父については、病院に判断を任せるしかない、という結論になった。

ひとりにしておくことのできない母は、ケアマネさんのおかげで、なんとか、ショートステイで対応いただけることになった。

翌日、父は病院に行き、主治医からは、自宅で安静にしているように言われたものの、むりくり入院させてもらうことになった。とはいえ、数日で退院を求められるだろう。

再びケアマネさんと相談して、退院後の父を受け入れてもらえるショートステイ先を探していただいた。受け入れ可能日は1週間ほど先になるが、それまではなんとか病院にいられるよう、病院にお願いするしかない。

弟が病院に行き、主治医と会うことになった。

父も必死なのだと思う。

しかし、もはや、今の父は、ひとりにはしておけない母のことも、弟のしごとの都合も、病院やケアマネさんの都合も、まったく考えられなくなっている。自分のことだけで、いっぱいいっぱいなのだろう。

もう、父の判断で、ものごとをすすめられる状況ではないのだ。

父がなんと言おうと、家族が、母の暮らし、健康を守らなければならない。すでに、父自身の暮らしすら、父の判断では立ち行かなくなっている。

親のお気持ち優先主義の弟も、さすがに今回は、自分が適切に対応できなかったことに凹んでいる。(私的には、前回の救急車騒動で気づけやー、と思っているけど)

もちろん、父の人生、母の人生なのだから、どんなに歳をとっても、体が弱っても、父の気持ち、母の気持ちは尊重すべきと思う。

でも、判断力の低下したひとに、家族の健康を任せていいのか?

私は、それはだめだと思う。まずは、家族の健康を守った上で、それから、どうしたら各々の気持ちに添えるか?を考えるべきと思う。

どうして防げなかったのか?と思うような高齢者の事故が絶えないのは、親の(それも声の大きな親の)お気持ち優先主義のせいだと思う。

そして、高齢の親のお気持ち優先主義というのは、家族が、親の健康を守ることをないがしろにしている言い訳にすぎないと思う。


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