低学年で「何をするか」より大切だったこと|中学受験を終えて思う|第1話
「塾は、いつから入ったんですか。」
「家では、どんな勉強をしていたんですか。」
「低学年で、やってよかったことは何ですか。」
中学受験を終えてから、こんな質問を受けることが増えました。
聞かれるたびに、答える前に少し立ち止まります。
わが家の経験が、そのまま誰かの正解になるとは思っていないからです。
子どもは一人ひとり違います。
家庭によって大切にしたいことも違います。
それでも、毎回同じことを思います。
「もう少し早く聞いてくれたら。」
そんな思いから、このnoteを書き始めました。
私たちは、ごく普通の共働き家庭でした。
子どもが生まれた頃、中学受験のことをほとんど知りませんでした。
育ったのは、中学受験という文化がほとんどない地域です。
高校までは公立が当たり前。
周りもみんな同じでした。
だから首都圏で暮らし始めても、中学受験はどこか遠い世界の話でした。
子どもは保育園に通っていました。
朝は保育園へ送り、そのまま仕事へ向かう。
夕方は迎えに行き、帰宅したら夕飯、お風呂、寝かしつけ。
毎日があっという間に過ぎていきました。
本屋へ行くと、知育の本を手に取る。
子どものために、何かできることはないか。
そんなことを考える時間は好きでした。
でも、仕事と子育てを両立する毎日の中で、その先のことまで考える余裕はありませんでした。
その後、保育園から公立小学校へ進み、放課後は学童へ。
それが、ごく自然な道だと思っていました。
というより、それ以外の選択肢を知りませんでした。
その頃は、それで十分だと思っていたのです。
子育ての世界は、思っていたより広かった。
小学校へ入ると、その景色は少しずつ変わっていきました。
小学校受験を経験した子。
インターナショナルスクールへ通う子。
親子で海外留学をした子。
学童のあとに英語教室へ通う子。
塾へ通っている子。
保護者会で交わされる会話。
子どもたちの放課後の過ごし方。
保育園の頃とは、少し違っていました。
「みんな、こんなに教育のことを考えているんだ。」
そう思ったのを覚えています。
勝手に、わが家のような家庭が普通なのだと思っていました。
でも実際には、それぞれの家庭が、それぞれの考えで子育てをしていました。
ある日、家に遊びに来たお友達がいました。
上にお兄ちゃんがいる子でした。
本を手に取ると、当たり前のように漢字を読んでいました。
「もう読めるんだ。」
その時は、ただその子の賢さに驚いただけでした。
でも今振り返ると、本当に驚いたのは、そこではありません。
その子のお母さんは、もう一度この道を歩いている。
ということでした。
私にとっては初めての小学校生活。
でも、その家庭では、一度経験している。
どんなことに迷い、
何を大切にし、
どんな選択をしてきたのか。
親にも、経験の積み重ねがある。
そのことに、その時初めて気づきました。
第一子の子育ては、親にとっても一年生だったのです。
そして、もう一つ気づいたことがありました。
情報は、待っていても届かない。
本屋へ行かなければ出会えない本があり、
先輩たちのブログを読まなければ分からない経験がありました。
学校でも、
「これをやった方がいいですよ。」
と教えてくれる人はいません。
自分で探しに行かなければ、見えない選択肢がたくさんありました。
情報を集めるほど、迷いました。
それから、本格的に情報を集め始めました。
通勤電車では、受験を終えた家庭のブログを読みました。
気になる家庭があれば、何年も前の記事までさかのぼる。
知りたかったのは、合格体験ではありません。
低学年を、どう過ごしたのか。
その一点でした。
休日になると、本屋へ足を運びました。
教育の棚に並ぶ本を眺め、気になった本は買って帰る。
図書館にも通いました。
今ほど中学受験の本は多くありませんでしたが、当時手に入る本は、ほとんど読んだと思います。
大手塾にも足を運びました。
場所や雰囲気、授業の様子を、自分の目で確かめました。
それぞれに理念があり、魅力がありました。
読書。
英語。
算数。
思考力。
習い事。
どれも間違っているようには思えませんでした。
だからこそ、選べなくなっていったのです。
気づけば、情報を集めることが目的になっていました。
情報は増えていく。
迷いも増えていく。
あの頃の私は、正解を探していました。
本当に足りなかったのは、情報ではありませんでした。
今振り返ると、足りなかったのは
「何を目指すのか。」
その視点でした。
仕事では、ゴールを決め、そこから逆算して進めることが当たり前でした。
でも、子育てではそれができませんでした。
初めてのことばかりで、何をゴールにすればいいのか分からなかったからです。
だから、目の前の情報を一つひとつ追いかけていました。
今なら分かります。
本当に必要だったのは、
ゴールを考え、そのゴールから逆算して今必要なものを選ぶこと。
それだけだったのです。
中学受験は、大切な通過点です。
でも、その先の人生の方が、ずっと長い。
受験が終わった今だからこそ、そう思います。
低学年で本当に大切だったのは、
何かを増やすことではなく、
何を残すか。
その判断でした。
あの頃の私が知りたかったこと。
そして、後輩のお母さんたちから何度も聞かれたこと。
その答えを、
このnoteに少しずつ残していこうと思います。
親が合理的に選ぶ。
だから子どもは、子どもでいられる。
次は、小学1年生で知った現実へ
低学年のうちに本当に必要だったのは、勉強を先へ進めることだけではありませんでした。
けれど、わが家がそう考えるようになったのは、小学1年生のときに「中学受験は、もう始まっている」と知ったことがきっかけです。
第2話では、何も知らなかったわが家が中学受験の現実を知り、焦り始めた頃について書いています。

👉低学年で大切にしたいことを、7つの話にまとめています。
▶ 「焦らない中学受験」をつくった7つの話。
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読んでもらえたこと、とてもうれしいです😊
これからも、わが家の経験を少しずつ残していきます。