寺田和代【Book Review】エレナ・フェッランテ『ナポリの物語』全4巻、飯田亮介訳、早川書房
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寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」第5回 イタリア・ナポリ篇
【Book Review】〔1〕
エレナ・フェッランテ『ナポリの物語』全4巻、
飯田亮介訳、早川書房、2017年〜19年
(第1巻「リラとわたし」/第2巻「新しい名字」/第3巻「逃れる者と留まる者」/第4巻「失われた女の子」)

第1巻「リラとわたし」/第2巻「新しい名字」/
第3巻「逃れる者と留まる者」/第4巻「失われた女の子」
1944年8月、ナポリの貧しく暴力的な地区で、どちらも労働者階級の家庭に生まれたエレナ(語り手)とリラが小学1年で出会い、66歳でリラが“姿を消す”までの2人の人生を描いた全4巻の長編小説。
4巻それぞれ500ページ前後の長尺ながら、一度、物語の端緒についてしまったら終章最後の1行にたどりつくまで物語の外に出られなくなるはず。とりわけ女性の読者は。時代や国や背景が違っても、2人が成長過程や人生の折々で見せる心の機微に、読み手それぞれが自分についての似たような感覚や感情の記憶が重なって、そのつど息をのむような気持ちにさせられるのだ。
物語は、語り手の作家エレナが、リラの失踪を彼女の息子から知らされる場面から始まる。じつは30年以上も前から“跡形もなく姿を消したい”とエレナにだけは語っていたリラ。なぜ? 蒸発でも自殺でもないなら、どのように? どこへ? いかにもリラらしい尋常でない揺さぶりに、2人の人生を最初からたどり直すことで受けて立とう。それがリラの最後の挑発に対するエレナの答えだった。
幼い頃から天才的な頭のキレと超然とした存在感を放っていたリラ。一方のエレナは生来の聡明さと繊細さに加え、憧れのリラに恥じない自分であろうとする勤勉な努力家。16 歳で学校を離れ早い結婚をしたリラと、女子でただ1人ナポリを出て大学に進み、作家の道を歩き出したエレナの“住む世界”は遠ざかるばかり。
どちらの世界にも、1960年代から2000年代に向かうイタリアの政治や社会の変化が、恋愛、友情、仕事、結婚、成功と挫折といった女性個人の人生に少なからぬ陰影をもたらし、さらに2人を囲む多様な人々それぞれの人生の浮き沈みがドラマ全体に深みと厚みを加えていく。
幼い頃から老年まで続く、狭い地区でくっついたり離れたりの濃厚な人間関係はさぞ大変だろう、とか、重要人物の1人である男性の、セックス依存症か控えめにいっても恋愛依存症ではないかと呆気に取られるような女性への不誠実さに苛立つなど、次から次の展開に最後まで巻き込まれながら、読み終えてなお心の棘となって抜けないエピソードがある。リラの娘の失踪だ。
このエピソードこそがリラ失踪の鍵であり、2人の長い物語全体を貫く裏テーマではないのか。もしそうならそれが何を意味するのか。読むことで2人の世界を共に生きた人たちと語り合いたいという思いに、読了から時間がたった今なお激しく駆られている。
本国イタリアで2012年に発売されて以来40カ国以上で1000万部以上を売り上げた世界的ベストセラー。一人でも多くの人が手に取れるよう文庫化されてほしいし、原作を元にイタリアで制作されたテレビドラマシリーズを日本でもぜひ観たい。
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