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寺田和代【Book Review】バルカン前篇〔2〕ドゥブラヴカ・ウグレシッチ『クロイツェル・ソナタ』奥彩子訳

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寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」第6回 バルカン前篇~ザクレブからモスタルへ
【Book Review】〔2〕

ドゥブラヴカ・ウグレシッチ「クロイツェル・ソナタ」奥彩子訳は
『世界の文学、文学の世界』松籟社、2020年に所収

ドゥブラヴカ・ウグレシッチ『クロイツェル・ソナタ』奥彩子訳
※『世界の文学、文学の世界』(松籟社、2020年)所収


ザクレブ(クロアチアの首都)発ベオグラード(セルビアの首都)行き列車のコンパートメントに偶然乗り合わせた1人の女と3人の男が織りなす喜悲劇を描いた短編小説。

語り手である “僕” 以外の3人のうさんくささに冒頭から心をつかまれる。乱れてベタついた金髪の女はひたすらガムを噛み続け、向かいには咳払いとも笑いかけてとめたとも分からない異様な声を出して周囲を落ち着かなくさせる神経質野郎、残りの1人ときたら木製の大砲を抱え、なにかと言えば “くそったれが” を乱発する。

 まともな人間は “僕” だけか、と思いそうになるが、読み進むうちに、神経質野郎が縷々語る結婚生活の悲劇話――自分が一心に惚れていることをいいことに、なにかといえば夫である自分も子どもも捨てて家出を繰り返す浮気性な妻との不安定な関係――を、盗用しようと胸算用する見下げ果てた小説家であることがわかる。

 対する、妻に振り回される自らの姿と心情を高尚かつ詩的に語ろうとする神経質野郎のクドい語り口にも、いい加減ゲンナリさせられる。こんな人とコンパートメントという密室に閉じ込められたら平常心を保てる自信がない。不穏な予感は的中し、大砲男は下心で近づいた金髪女にカネを擦られ、そのショックからか大事な大砲を客席に残したまま列車を降り、神経質野郎もまた予定より手前の駅で降り、最後に残った “僕” に起きたのは……。

 古くはアガサ・クリスティ『オリエント急行殺人事件』、最近では邦訳版が多くの読者に2025年度ベスト翻訳小説に選ばれたロサ・リクソン『コンパートメントNo.6』(末延弘子訳)など鉄道やコンパートメントを舞台にした小説は、その設定だけでわくわくさせられる。
この手の物語はどちらかといえばシリアス、悲劇的風味をおびがちだけど、本作は皮肉が効き、ユーモアに満ち、結末には溜飲が下がる。

 1949年、旧ユーゴ生まれの著者は、90年代に民族主義に反対の声を上げた多くの同胞作家や学者同様、権力から疎まれ、国外移住を強いられ、現在もオランダのアムステルダム在住とのことだけど、この作品には政治批判のメッセージはない。
民族紛争のさなかには鉄道も運行できなかったけれど、今は鉄道も含めた公共交通機関が周辺の国々や街々をつないでもいる。祖国の鉄道を舞台に、駅名を小見出しにとった構成には、著者自身の平和や民族共生への希望や喜び、かつては自分を抑圧した祖国への愛を感じた。


■ その他の「本と歩く 第6回 バルカン前篇 book review」

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