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寺田和代【Book Review】バルカン前篇〔3〕イヴォ・アンドリッチ『ドリナの橋』 松谷 健二訳

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寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」第6回 バルカン前篇~ザクレブからモスタルへ
【Book Review】〔3〕


イヴォ・アンドリッチ『ドリナの橋』松谷健二訳、恒文社、1966年

イヴォ・アンドリッチ『ドリナの橋』松谷健二訳、恒文社、1966年


 タイトルは、セルビアとボスニアの国境をなす全長346キロのドリナ川の中ほど、ヴィシェグラードという街にある実在の橋。
この橋を主人公に、16世紀半ばから1914年の第一次世界大戦勃発に至る約3世紀半に渡って橋が見てきた出来事、人間模様、変貌すさまじい社会のさまが24の章、上下2段組み約350ページものテキストでとうとうと描かれる壮大な長編小説だ。

 各章は、前章の登場人物や出来事を引き継いだり継がなかったりしつつ、それぞれが1冊の小説を読み終えたような衝撃と余韻をもたらすため、1章読み終えるごとに休憩せずには次へと読み進められない。

 橋の誕生譚からして一度読んだら忘れられない。情景が映画のように脳内にまざまざと映し出されるのだ。1571年、ことの始まりとなる橋の建設を命じたトルコの大宰相ソコル・メフメド・パシャは、10歳の時に故郷ボスニアからトルコ軍に拉致され、親も名も故郷も言葉も奪われた異郷で世界最強軍隊の一員として育てられ、やがて自分を拉致した国の最高権力の座へと上りつめる。遠い昔、トルコに連れ去られた道中、絶望に打ちひしがれながら命がけで渡ったドリナ川の光景を老境に至っても忘れられず、6年に及ぶ歳月をかけて橋を完成させた。

完成までのエピソードが読者にもたらすパンチ力がまたすさまじい。工事の
無事を祈る生贄として赤ん坊が人柱にされたり、工事の妨害を試みた男が生きたまま河原の杭に串刺しにされる情景のむごたらしさときたら!

 橋は完成後も行き交う村人、旅人、軍人、巡礼者、支配者、飲んだくれ、
婚礼や葬式の行列、罪人たちの悲喜こもごもを見つめ、戦争、宗教、帝国、政治の実相を壮大な歴史絵巻へと織り込んでいく。
読み手はそれら一部始終を空から眺めつつ「忘却はどんな傷口もふさいでくれる」「濁った水にさらわれたものを嘆きすぎるな」「苦難が永遠につづくことはないーーこの点では喜びも同じだーーいつかは過ぎ去る」といった無常や諦念についての箴言を胸に刻みながら、1914年、一発の地雷が橋脚を破壊するまで突き進む。

 長尺にもかかわらず、また時折の凄惨な場面描写に痛みを覚えながらも通
読せずにいられないのは物語のダイナミズムに加え、最近の翻訳文ではあまり見られない、刊行(1966年)当時の硬質でキレのある古典的な(?)日本語の美しさや、口承文学を耳で聴くような文体のリズム感に負うところが大きいと思う。差別や偏見を助長するとして今は使われない語句をあちこちで目にしつつも、それが織り込まれた詩的な文脈ゆえ、文章全体が引き締まり、高貴な印象を受けるのは不思議なほどだ。

1892年、ボスニアの寒村で生まれた著者は2歳で父と死に別れた後、作品の
舞台となったヴィシェグラードに母と移り住み、ドリナ川とその橋を見ながら育った。長じて外交官となり、第二次世界大戦後、作家活動に。本作は「ユーゴスラビアの歴史からの主題と人間の運命を描写した叙事詩的な力強さ」が評価され、1961年にノーベル文学賞を受賞した。

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*ヘッダー画像:1900年のソコル・メフメト・パシャ橋
パブリック・ドメイン/撮影者:不明/作成: 1890
ファイル:Mehmed Pasa Sokolovic Bridge Visegrad 1900.JPG
The Mehmed Paša Sokolović Bridge in Višegrad.
場所: 北緯43度46分53.8秒 東経19度17分8.38秒
※この画像はアメリカ合衆国議会図書館の印刷物・写真部門から入手できます。デジタル識別子は ppmsc.09315 です。アップロード: 2013年12月16日


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