寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第6回 バルカン前篇〜ザクレブからモスタルへ(1)
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(1)来てしまった。何も知らないまま
クロアチアの首都、ザクレブ国際空港に到着したのは2025年10月6日午後2時すぎ。
コロナ禍後に高騰した飛行機代を節約するため目的地まで数区画の格安航空券を乗り継ぐ、という苦しい作戦にも最近は慣れつつある。
とはいえ家を出てすでに30時間超。疲れと眠気で立っているのもやっとの60代ヨタヘロ旅行者に、昼下がりの到着時刻はせめて優しかった。
これが深夜早朝だったら、到着ロビーの片隅で半日ほど行き倒れてしまっただろう。
無事でよかったといういつもの安堵をかみしめつつ、頭のどこかに早くも次の気がかりが雨雲のように湧き始めていた。
ここから旅するバルカン半島の付け根エリア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロの3国はかつてユーゴスラビアと呼ばれた国の一部。1990年代に相次いだ内戦や戦争後、現在のようにそれぞれが独立したエリアだ。
気がかりというのは、それらの歴史にあまりに無知だったから。とりわけ1990年代に起きた凄惨な戦争とジェノサイドのことを。自分が生まれる前の話ってわけじゃない。ほんの35年ほど過去の出来事だ。
にもかかわらず映画やドキュメンタリーを観て“知る”以上のことを学ぼうとしてこなかった。
知らないことはほかにもあった。人種や宗教が複雑に交差するそれぞれの地域の暮らし、文化や伝統も。バルカンが、東と西の接点にあたる場所だと知っていても、東西文化がどう融け合ったり、からみあったりしているのか見当もつかない。そんな人間が物見遊山でのこのこ旅していいのか。
気がかりと疲れがどっと押し寄せ、空港リムジンバスの待合ベンチを立ってバスに乗り込む際、親切な誰かに後ろから「リュックお忘れですよ」と声をかけられるまで、ちびバッグ一つで歩き出したことにさえ気づけなかった。

(グレーの太破線より南側がバルカン地方)
(作図:三月社)

旅した街々(ザグレブ、スプリト、モスタル)
(作図:三月社)
15日間の旅の記録を2回に分け、前篇でザグレブ、スプリト(ともにクロアチア)、モスタル(ボスニア・ヘルツェゴビナ)までを、後篇にドヴロブニク(クロアチア)、コトル(モンテネグロ)から帰国までをまとめたい。
前篇は光輝くアドリア海を経てジェノサイドの記憶にふれたモスタル歩き、後篇は旅の途中で負った足の骨折とそのことで大きく変わった旅の景色と味わいを中心につづろうと思う。
ひとり旅のお供には、前篇でザクレブ生まれの3人の作家の小説を選んだ。
1964年生まれ、92年に渡米し現在もそこで英語で小説を書くアレクサンダル・ヘモン『ノーホエア・マン』岩本正恵訳、旧ユーゴを代表するイヴォ・アンドリッチのノーベル文学賞作『ドリナの橋』松谷健二訳、1949年生まれのドゥブラヴカ・ウグレシッチ『クロイツェル・ソナタ』奥彩子訳。

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【著者プロフィール】
寺田和代(てらだ・かずよ)
立命館大学卒業後、会社員を経てフリーライター・エディター。
女性誌、文芸誌、総合誌などの取材・執筆、単行本の企画・制作に携わる一方、2000年に社会福祉士資格を取得し、高齢者介護の分野でも取材活動を続ける。
単著に、長年の欧州ひとり旅の経験を元に中高熟年女性が安全・リーズナブル・自分らしく海外ひとり旅を楽しむガイドブック『Soliste[ソリスト]おとな女子ヨーロッパひとり旅』『Soliste[ソリスト]おとな女子ヨーロッパひとり歩き』(ともにKADOKAWA)ほか、最新刊『きらいな母を看取れますか? 関係がわるい母娘の最終章』(主婦の友社)


『Soliste[ソリスト]おとな女子ヨーロッパひとり旅』
『Soliste[ソリスト]おとな女子ヨーロッパひとり歩き』(ともにKADOKAWA)

共著『〈記憶の継承〉ミュージアムガイド』皓星社
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