寺田和代【Book Review】須賀敦子「ナポリを見て死ね」(『ミラノ 霧の風景』白水uブックス)
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寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」第5回 イタリア・ナポリ篇【Book Review】〔2〕
須賀敦子「ナポリを見て死ね」(『ミラノ 霧の風景』白水uブックス、1994年9月)

(初刊1990年、白水社)
夫ペッピーノとの死別から4年後に帰国し、さらに約20年の時を経て上梓された著者のデビューエッセイ集。イタリアでの暮らしや人々の記憶を軸に描かれた12作は、これがデビュー作とは思えないほど、どの作品も1センテンス読めば、たちどころに須賀さんの文体とわかるほど完成されている。読点で続く息の長い一文に、出来事、記憶、文学や映画の知、心の景色などをどうしてこれほど端的に、少しの混乱や矛盾もなく、整然かつ軽やかに収められるのだろう。句点にたどり着く頃には大げさではなくショートフィルムを一本観終えたような感慨に浸ってしまう。1センテンスでその調子だから、12本のエッセイは一つ読み終えると胸のさざなみが収まるまで次の作品には進めない。
「ナポリを見て死ね」もそんな作品の一つ。1983年の春から夏までの数ヵ月間をナポリの大学で過ごした際のエピソードを軸に、人生折々のナポリの記憶、出合った古今東西の文学作品を随所に絡ませながら織り上げられた味わいの豊かさにため息が出る。
実際、自分の中にあった長年あったナポリのイメージ、よく言えばおおらか、秩序や規範などクソくらえみたいな人々が住むイタリアの田舎というステレオタイプが、著者のスケッチ「政治を信用せず、いかなる政府にも協力しないのがならわし // たえず活気にあふれているが、それは今日の、あるいは明日の希望に裏打ちされた活気ではけっしてなく、彼らの血のなかを連綿と流れる、何か不思議な自然の精気のようなものによる」(抜粋)という記述によって更新され、たとえば今回の旅ひとつとっても、袖すりあった人々との出会いの感触をより細やかに味わうことができたと思う。
この旅を機に3度か4度めの再読となったけれど、60代になった今も20代で初読した時以上に、日本語の美しさ、キレのある文体とリズム、語句や表現の多彩さ、ふと織り込まれる正直でチャーミングな言葉の新鮮さに感激する自分がいた。読み進むうちにいつしか冷涼で澄んだ空気の中に導かれる。滅多に使わない“珠玉”という言葉はこういう作品をいうのだと改めて思う。
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