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寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第5回 イタリア・ナポリ篇(7)

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(7)火山灰に覆われ1700年以上眠っていた街


 キャン ユー イマジン……? それぞれのツアー客に同じように語りかけるガイドの声が四方八方からポリフォニーのように重なって聞こえてくる。そして異口同音にこんな説明が続くのだ。

“約2000年前の8月24日。正面に見えるヴェスヴィオ山が大噴火しました。噴煙は上空30kmに及び、巨大な火山弾が降り注ぎ、高温の有毒ガスと火砕流が時速100kmを超えるスピードで山麓を襲いました。10km範囲は厚さ5〜6mに及ぶ火山灰に覆われ、2000人が一瞬にして命を落としました。やがてポンペイはその存在ごと人々の記憶から忘れさられ、18世紀にエコラーノ(ポンペイの隣の遺跡)で井戸掘り中の農民がたまたま大理石柱を発見するまで、1700年以上にわたって封印されたのです。かつての一大都市は一瞬で火山灰に埋もれたため、街路、建造物、日用品、美術品そして人々の遺骸や食料品に至るまで分厚い地層がそれらを劣化から守り……”

裁判や重要な商取引の場だったバジリカ。コリント式円柱を2段に重ねた建物
(※以下、撮影した場所やものはすべて撮影許可あり)

 フォロからヴェスヴィオ山を正面に見ながら歩き出し、個人(貴族)宅が集まるエリアに向かった。お宝の多くはナポリの国立考古学博物館ほかに移されたものの、一部はこの場で常時公開されている。「悲劇詩人の家」という、名からして立ち寄らずにはいられない貴族邸宅の玄関で、躍動感に満ちた繊細なモザイク画に引き寄せられる。犬の目元と牙にわずかな朱。かっこいいデザインに添えられた文字の意味は “Beware of dog(猛犬注意)” だそう。人の暮らしの身近で互いを守り合う人と犬の関係は、2000年前のローマ帝国時代も同じだったんだ。

 海洋貿易で巨万の富を築いた商人屋敷「ヴェッティの家」では、グループ客がクスクス笑って見ていた壁画に思わず見入ってしまった。そこには金貨の入った袋と、デカデカとデフォルメされた性器を秤にかける神(男性)の姿。一見グロテスクだけど、富豪男性がこの絵に託した願いは2000年後を生きる極東アジアの平民女性である私にも一目瞭然だった。子孫繁栄とカネこそ人間の、というより男性権力者の、時代を超えて変わらない富の象徴。古今東西、優越的地位にある人間が抱く価値観の不変ぶりがどこか滑稽で感慨深くもあった。

“猛犬注意”の精巧なモザイク画。目と口に置かれた赤い石が獰猛さを表現


“ポンペイの赤”とよばれるシックな赤を当時のまま遺す絵画が随所に


メインストリートであるアッボンダンツァ通りを中心に、食堂、居酒屋、職人の工房、劇場、羊毛の紡績・織布のアトリエ、公衆浴場などが軒を並べ、パン屋に至っては30軒以上が点在する。炭化したパンや、粉を挽く石臼が、それを挽いていたロバや奴隷と共に見つかったそう。現在と変わらない形の窯跡に、さすがピザ発祥の街だと感嘆する。

通りに面する「ララーリオのテルモポリオ」という名の大衆食堂では、カウンターにもたれて料理やワインを注文する人々の姿がありありと想像できた。政治や哲学について議論を交わし、詩や芸術にうつつをぬかしながら人生を謳歌する貴族や富豪商人のシルエットと、その足元には生まれながら奴隷の人生を宿命とした人々の影ーー。

大衆食堂「ララーリオのテルモポリオ」。
カウンターの穴に料理や飲み物が並んでいたそう。背後のフレスコ画には、商売とワインの神が


イタリア・ナポリ篇(8)へつづく

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