寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第7回 バルカン後篇〜ドゥヴロブニク、コトルから再びザクレブへ(8)
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(8)あなたは良い人。でもお金は必要なかった
コトル最後の朝。
ネボ一家の厚情に心から感謝していることを伝えようと、ちぎったノートに手紙を綴り、それを折り紙のように畳んだ中に10ユーロ札3枚を挟み込んだ。出迎えや通院の際に車に乗せてくれたこと、提供してくれた美味しい食事、毎朝届けてくれた卵や野菜、サンダルや杖を貸してくれたこと……せめてものお礼にお金しか思いつけなかった。コトルのバスターミナル〜部屋間はタクシー片道13ユーロだったことを考えれば到底足らない額だったけど、それ以上渡すのは失礼な気がした。
タクシーに乗り込むまで見送ってくれた彼にそれを手渡す際、こみあげた感情の塊に喉を塞がれてお礼も満足に言えず、涙を見られたくなくて顔は背けたまま、手だけを振り続けた。
コトルのバスターミナルからドゥブロニク行きバスに乗り込むと、助けてくれた大勢の人たちと街への愛惜が込み上げて、車窓に頭をつけたまま涙を堪えていた。ありがとうコトル。ありがとうモンテネグロ。この先、スポーツやなにかの世界大会ではどの国よりモンテネグロを応援するよ。誰かに思い出に残る街は? と訊かれたら、コトル、と真っ先に応えるんだ。
メールの着信音が鳴った。ネボからだった。
《無事にドゥブロブニク行きのバスに乗れたことでしょう。ユーロをありがとう。あなたはとても良い人(very nice person)。でもお金は必要なかった。足の回復をお祈りしています》
思わず両手で顔を覆った。恥ずかしかった。彼と一家は親切心と優しさから助けてくれたのに、好意を好意として心にとどめておく度量もなく、自分の気持ちにカタをつけたいがために現金を渡してしまった心の貧しさを指摘されたように感じた。
ふと気づけばフィヨルドの海はすっかり後景に退き、車窓にはクロアチア国境へと続く深い森が広がっていた。感傷が胸に突き上げ、顔を覆ったまま声を上げて泣いてしまった。さよなら、夢のような街、優しい人たち。この世ではもう会えないだろう。隣席の人にどう思われようとかまやしない。別れが、人の優しさが、人生の短さが、この世の無常が、切なくて、悲しくて、やぶれかぶれだった。


→バルカン後篇(9)へつづく
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