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曾侯乙墓竹簡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
曾侯乙墓竹簡
作製年代 戦国時代初期
発見年月 1978年5月
出土地 中華人民共和国の旗 中国湖北省随県擂鼓墩東団破曾侯乙墓
発見者 湖北省博物館
所蔵者 湖北省博物館
釈文 『楚地出土戦国簡冊[十四種]』
図版 『曾侯乙墓(上・下)』(文物出版社)[1]
資料データ
種別 竹簡
数量 240枚
字数 6696字[2]
寸法 長さ70 - 75cm、幅1cm
内容 遣策
書体 楚文字[3]
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曾侯乙墓竹簡(そうこういつぼちくかん)は、中国湖北省随県(現在の随州市曽都区)の曾侯乙墓(擂鼓墩1号墓)から出土した戦国時代初期の曾国竹簡である。

概要

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1978年5月、湖北省博物館により随県擂鼓墩東団破で曾侯乙墓が発掘された[4]。出土した編鐘の銘文に「隹王五十又六祀」とあることから、墓葬年代は恵王56年(紀元前433年)か、やや遅れたころとみられている[5]

竹簡は全240枚で、葬儀に参列した車馬と車上の兵器装備を記録したもの(1 - 121号簡)、車上配備の人と馬に着ける甲冑を記録したもの(122 - 141号簡)、馬車用の馬を記録したもの(142 - 209号簡)、馬と木俑を記録したものなど(210 - 215号簡)の4種に分かれる[2][6]

脚注

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注釈

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出典

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参考文献

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  • 東京国立博物館 編『特別展 曾侯乙墓』日本経済新聞社、1992年。 
  • 黄石林、朱乃誠『中国文化史ライブラリー 中国考古の重要発見』高木智見訳、日本エディタースクール出版部、2003年。ISBN 4-88888-330-0 
  • 横田恭三『中国古代簡牘のすべて』二玄社、2012年。ISBN 978-4-544-01082-4 
  • 陳偉『竹簡学入門 楚簡冊を中心として』湯浅邦弘監訳、草野友子訳、曹方向訳、東方書店、2016年。ISBN 978-4-497-21613-7