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未完成婚・セックスゼロで母になる!?#28 義母へ宛てた謝罪の手紙|カミングアウト前⑤

楽しい海外旅行から一転、成田離婚はすぐ目の前に迫っていた。

義母からの謝罪を夫に求め、義母への怒りと不満を露わにした私…

その背後には、夫から愛されてセックスして子供を産むという、女の幸せをすべて手に入れていた、義母への嫉妬があった。私が欲しくても手に入れることのできない、幸せの形だった。

性の不一致と嫁姑問題……
離婚の理由は、完璧にそろっていた。

↓前回からの続き



「新婚旅行母子同室を望んだ、あなたたち親子はおかしい」 

夫と義母の行動が、世間一般からいかにズレ、おかしいか、謝罪を求めて当然だ、と私は訴えた。

この背後には、「夫婦間にセックスはいらない、という考えがおかしい」という、夫を責める意味もあったと思う。

夫の考えが、義母の要望が、いかに世間からズレ、普通じゃないか、わからせたかった。

夫は何度も「多数決の論理で、いじめっ子が弱い者をいじめる行動だ」と、私に反論した。

そのときの私は、
「いやいや、そもそも夫婦間にセックスはいらないっていう、マイノリティな考え方を黙って婚活してた、そっちが悪いでしょう!

アセクシュアルなら、アセクシュアルの婚活市場に行くべきでしょう!それなのに一番古典的な、仲人さんが仲介するお見合い市場にでてきたくせに!こっちは悪者どころか、被害者だよ!」
と、さらに怒りが倍増した。

でも、今は夫が言った言葉の背後にあったものが、なんとなくわかる。

夫にも義母にも、新婚旅行に母子同室を提案したことの、恥ずかしさや申し訳なさが確かにあったんだと思う。

夫や義母は、母子同室問題がこじれ、私たちが離婚寸前になっていることを誰にも打ち明けていなかった。言えなかったんだろう…。

そして、夫も自分の考えが、一般的ではないと感じていたかもしれない。セクシャルマイノリティの人たちが感じる疎外感や差別、世間一般の通念を押し付けられることの苦痛…。

私は、自分は差別をしない人間だと思っていたが、それは大きな驕りだった。私は確かに、アセクシュアル気味な夫を否定し、世間一般からいかにズレていておかしいかをわからせ、「普通の男」に修正させたかった。

夫はそれを、敏感に感じ取っていた。

私が怒れば怒るほど、謝罪を求めれば求めるほど、夫の心は固く閉ざされていった…。



私の言いたいことが、求めるものが、夫に伝わらない……。

私は、何人かの友人や知人に、自分の状況を相談していた。私の友人は、私の幸せを願ってくれている…

私の友人たちは当然私の味方で、夫に対しても怒りを表していたが、それでも離婚歴のある友人がこう言った。

「フラミンゴはさ、本当に離婚がしたいの?

謝罪を求めたくなる気持ちも、わからなくはないけれど…なんか、謝罪が目的みたいになってない?

結局、一番求めてるものって、何なの?」

図星をつかれた。私は何も、答えられなかった。


そして、知人からもこう言われた。

「あなたの怒りや悲しみもよくわかるよ。あなたの言葉を聞いて、あなたの視点に立てば、義母が悪いってなるけれど…

でもさ、あなたは義母の立場に立って、考えたことがある?」

ガツンと頭を殴られたような、衝撃が走った。

自分の不安や怒りでいっぱいで、こんなにギリギリになるまで、私は義母の立場に立ってこの一件を想像したことがなかった。いや、義母の立場に立ちたくもなかった、ふざけんなよって思っていた。

でも、100万歩譲って義母の立場に立って、この旅行の計画を考えてみたら…

「あ……無理だったかも…」

なんともあっけなく、ストンと納得するものがあった。

私の母と義母に、いくら趣味の共通点があり歳が近く、何度も電話で盛り上がって話していたとはいえ、まだ1回しか会っていない間柄、息子と娘は気が合ったのか何なのか結婚したが、母親2人が偶然に出会い友情を育んだわけではまったくない。

息子と娘により、関係性が生まれただけの「他人」である。

私は、気使いな一面とフレンドリーさという相反する二面性を持っており、その日に会った人たちと、酒を飲んでの雑魚寝ができ、人との交流に気を使いつつも楽しめる人間である。

だが、義母はどうか…?

裕福で真面目な家庭に育ち、一人で上京し楽しい大学生活を送るも、卒業後は泣く泣く地元に戻され、お見合いし結婚し専業主婦となった義母…。人との交流はできるが、その数は少なく、どっちかというと一人でいるほうが気楽でいい!と言うタイプ。かと言って、一人で飛行機に乗ったり、ホテルに泊まったりはできない、心配性で不安になるらしい。

夫、私、義母、私の母、4人の海外旅行……
夫婦2人、母2人の部屋割りなんて、最初から無理だったのだ。

大きな誤算があったのは、私たち夫婦2人にセックスがなく、性の不一致があり、子供を作れるかどうかも怪しい、結婚生活を続けることができるかどうかの危機的状態に陥っている、ということ…。

こんなこと、だれが想定できただろうか?義母はもちろん、私たちがそんな状態であることを知らなかった。


この新婚旅行問題で荒れに荒れたのは、今この文章を書いている、ちょうど1年前だ。

あれから1年経った、今ならよく分かる。

私と夫の結婚を、誰もが喜び祝福していた。
私も、夫も、私の母も、義理の母も…

皆、私たちの結婚を喜び、幸せを心から願い信じていた。
夫婦2人でするよりも、お互いの母も連れていく方が、喜びも幸せも2倍、4倍も増す海外ウェディングになるだろうと、疑いもしなかった。

でも、私たちはまだ、ちゃんと「夫婦」になっていなかった。
遠距離のお見合いのスピード結婚、夫婦二人の暮らし方を、お互いへの接し方を模索するだけで、いっぱいいっぱいだったのだ。

あのときの私たちには、「夫婦」と「母子」を両立するような、余裕も技量もなかった。

「未完成婚」はもちろんのこと、「未完成で未熟な夫婦」だった。
 


あの頃の私は、やっぱりおかしかったと思う。

夫が私に一切触れてこない、セックスがない、子供の話すらできない、迫りくる妊娠のタイムリミット…

完全に追い詰められ、「夫は私を愛していない」「義母が新婚旅行を邪魔した」という、妄執に取りつかれた。

義母は、ただ海外旅行が不安なだけだった。私と夫の仲を、邪魔しようという考えはまったく持っていなかった。


心に区切りをつけ、義母へ手書きの謝罪の手紙と、高級和菓子を送った。

どんなに義母の立場を理解しても、「新婚旅行母子同室提案なんて、それでもおかしいでしょ!なんで私が謝らなきゃいけないの!?」激しい怒りは、本当はおさまってはいなかった。

そんな私に、知人は本当にいいアドバイスをくれた。

「新婚旅行母子同室であなたが怒ったことを、謝る必要はないの。

『義理のお義母さんに対して、失礼な態度をとったこと』と『旦那さんと義理のお義母さんを深く傷つけたこと』を謝るんだよ。

本当に、心から謝るの。そのために、一旦その怒りをすべて抑えなさい。

激しく『怒り』をぶつけている相手に、人は素直に謝れないものなんだ。プライドが邪魔するからね。

だから、あなたが先に謝って、相手が謝れる機会を作るんだよ。これは修行だよ。」

あぁ………そういうことか……

私は、義母に心から謝罪する手紙を書いた。自分が失礼だったことを、義母と夫を傷つけたことを、それに対する謝罪の気持ちは本心だった。

義母からは、すぐにメッセージが返ってきた。

「こちらも配慮に欠け、フラミンゴさんやお母様に大変辛く悲しい思いをさせ申し訳ありませんでした。どうか、これ以上気にしないでください。これからも、よろしくお願いします。」

というようなシンプルで、しかし謝罪の心がこもったメッセージだった。「これからも、よろしくお願います。」という言葉に、胸が詰まった。


知人の言ったとおりだった。とっくの昔に義母は、「しまった!」と思っていたのが、透けて見えた。私があまりにも怒り狂うから、どうしていいのかわからなかったのかもしれない…義母は、私が怒った真の理由は知る由もないのだ。

私があれだけ欲しかった、義母からの謝罪の言葉…

なんともあっけなく、欲しいものが手に入った…はずなのに、私の心は空虚だった。本当に欲しかったのは、義母からの謝罪だったのだろうか…?


謝罪をきっかけに、義母とのメッセージのやり取りが復活した。

「もういいですよ」と言われたものの、私は義実家へ行き、直接謝らせてください、とお願いした。

義母は快く受け入れてくれ、義実家を訪ねる日程が決まった。


夫との空気は、ずっとピリピリしていた。

私が義母を責めたことで、夫は私に対する信頼を失い、疑心でいっぱいだった。自分のことしか考えない、感情のコントロールもできない、怒りと悲しみを周囲にぶちまける未熟な人間…実際に、そう言われた。

愛情も冷める寸前…

夫の性格が、以前よりもよくわかるようになってきた今思うと、あのときによく別れを切り出されなかったと思う。

普通にあの状態だったなら、完全理系の理論派夫は別れを決断するタイプだ。

なぜ、ギリギリ寸前で留まったのか…


セックスがないことの悲しみ、子供を作るチャレンジすらできない焦り、義母への嫉妬、夫から愛されていないと感じていた私の絶望…

あのとき、まったくおくびにも出さなかったが、夫も後ろめたさを感じていたのかもしれない。


「離婚しよう」

この最後の言葉を、私たちは互いにギリギリ言わなかった。どちらかが、あのときこのセリフを口にしていたら、本当に終わっていた。


一緒にいて安らぐ、楽しい、穏やかな一面と
一緒にいて不安で、わかりあえなくて、どうしても埋められない一面と、そのあいだで揺れていた。

真っ暗で先も見えない、極寒の大海原の薄氷の上…
あと少し衝撃を加えようものなら、バリン!と一瞬で割れる氷の上に、やっとどうにか立っていた。

新婚8ヶ月、一緒に暮らして5ヶ月だった。

幸せな新婚生活とは、程遠かった。





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