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【お詣りいこか。】第8回 城南宮

鳴海餅本店のぽちこらむ 『お詣りいこか』。
京都に行ってみたくなる一つの理由になれば、これ幸い。


今回向かうお社は、、、
「王城の南方を守護する神社」として都の守護と国の安泰を願う「方除(ほうよけ)の大社」として創建されたお社、「城南宮」へ。
車の事故避けの神社としても知られており、市内を走る車にキラリと光る、青いステッカーはその証。

そしたら、さっそく、お詣りいこか~。

正面から望んだ城南宮

城南宮について

◉創祀

延暦13年(794年)、平安京遷都にあわせ、都の安寧と国家守護を願って「王城の南方を守る神」「城南大神」として祀られたのが始まり。
御所からみて裏鬼門(南西の方角)にあることから、方位を守る「方避け」の社として崇敬されました。

平安時代後期には、白河上皇や鳥羽上皇によって城南宮を取り囲むように城南離宮(鳥羽離宮)が造営され院政の拠点になりました。
やがて、白河上皇が築いた城南離宮(鳥羽離宮)の鎮守として栄え、2K㎡にも及ぶ離宮は、政治・文化の中心となり、歌会や雅やかな宴や船遊びが行われていました。

また城南離宮の御殿は、熊野詣の精進所(神事などを行う際に身を清めるために一時的に滞在する場所)や方違(かたたがえ)の宿所にも充てられていました。
この「方違え(かたたがえ)」とは、陰陽道に基づいて忌むべき方位へ行く際に別の場所に一泊して方位をずらしてから目的地に向かうという、平安時代の厄除けの風習で、このことからも「方除け」の神として城南宮が古くから貴族階級の信仰を集めていたことが伺えます。

◉御祭神について

神功皇后(じんぐうこうごう)
第14代仲哀天皇の皇后で、夫帝崩御の後に息子である応神天皇が即位するまでの70年間、摂政として統治したと言われています。
三韓征伐など逸話が残り、八幡三神の一柱として八幡神社や八幡宮に祀られる神様としても知られています。

八千戈神(やちほこのかみ)
多くの神々を妻にしようとしたプレイボーイな神として「古事記」で語られる神様ですが、名前の通り多くの武器を持つ武神として畏敬され、その力強さで人々を守護する神様です。

国常立尊(くにとこたちのみこと)
古事記における、神世七代(日本神話で天地開闢のとき生成した7代の神の時代)の最初の神様。
恒久にとどまる国土の根源神を意味する神名で、生命現象が営まれる国土、大地の永遠性を象徴する神として崇敬を集めます。

主な神事・祭事

◉曲水の宴(4月29日)

奈良時代から平安時代にかけて、宮中で催されてきた歌会を再現した行事で、城南宮の神苑「平安の庭」にて行われます。
平安時代の装束を着た、男性5名・女性2名の歌人7名が庭園内で、琴の音が響く中、歌題にちなんだ和歌を詠み短冊にしたためます。
そして、和歌を書き終えた歌人は、目の前に流れて来た羽觴(うしょう)と呼ばれる、鳥の形をした台座に杯(酒杯)を乗せて水に流すための「杯台」を取り上げ、盃のお神酒をいただく。
全員が和歌を詠んで盃を飲み終えると童子が短冊を集め、これら7首の和歌を平安時代さながらに節をつけて神職によって朗詠され、神前に奉納されます。
川を流れる羽觴に乗せた杯が流れ着くまでの間に歌を詠むというのが本来の遊び方のようですが、現代では杯を乗せて流すという形に沿って行われています。

神苑「平安の庭」平安貴族の邸宅、寝殿造りの庭をモデルにしたと言われています。

◉城南祭(10月第3日曜日)

毎年10月第3日曜日に行なわれる祭礼。
正午過ぎから下鳥羽の「松神輿」、竹田の「竹神輿」、上鳥羽の「梅神輿」の3基の1.5トン近くある3基の神輿渡御が始まり、拝殿の周りを一周したのち、氏子区域を練り歩きます。
提灯と松明(たいまつ)の明かりの中、神社に神輿が還御する様子が圧巻。
また、江戸時代には、祭りに訪れた人々に貴重な餅を惜しげなく振舞う慣わしがあったことから「餅祭り」とも呼ばれているそうです。

摂社・境内社

◉三照宮社

御祭神:天照大御神
三照宮社は上鳥羽の人々の信仰が厚い神社。
社殿の屋根には、「日・月・星」をあらわす「三光の紋」が刻まれています。江戸時代の境内図にも「三光社」の表記が残されており、古来から信仰されてきたことがうかがえます。

◉芹川神社(せりかわじんじゃ)

御祭神:菅原道真公
天永2年(1111年)に城南宮の南の芹川の地に勧請されたと伝えられ、
大正時代の初めに現在地に遷座されました。
学問や和歌の神様である菅原道真公を祀っており、学業成就・留学成功の神様として崇められています。
社号には「唐渡天満宮(からわたりてんまんぐう)」と刻まれているのですが、これは菅原道真公が宋(中国)へ渡って禅を学んだという伝承(渡唐天神=ととうてんじん)の信仰から来ています。
幕末には、京都や伏見の人々が石の鳥居や多数の和歌が奉納されるなど広範にわたって崇敬を集めています。

◉真幡寸神社(まはたきじんじゃ)

御祭神:真幡寸大神、応神天皇
はじまりは不明ですが、弘仁7年(816年)7月21日条に「真幡寸神、官社の列に預る」という記録が残っていることから、この時期に官社とされ、朝廷からお供え物があったことがわかります。
真幡寸大神(この地の土着の神、あるいは秦氏氏神)と、応神天皇(神功皇后の子)を祀る構成で、城南宮の中心的な神々との系譜・つながりを感じます。

ここにきたら、ここ行きよし

◉神苑 源氏物語花の庭

城南宮の本殿をぐるりと囲むように広がる、ゆったりとした回遊式の庭園。
『源氏物語』に登場する植物が80種以上。
紫式部が描いた花や木々を多数植栽し、それらを巡ることで物語の世界観を体験できる庭園で、趣の異なる5つのエリアで構成されています。

拝観料は別途必要ですが、様々な庭園様式の優雅さをお楽しみいただけます。

【春の山】
最初に見えてくるのが「春の山」エリア。
椿、枝垂れ梅、三つ葉ツツジなど春の草木が花開きます。
白河上皇は城南離宮を築く際に、『源氏物語』に描かれた光源氏の大邸宅、「六条院」をモデルにしたといわれています。

城南宮の春の訪れを告げる、「しだれ梅と椿まつり」が2月~3月の時期に毎年開催されています。
150本のしだれ梅400本の椿が咲く様子は絶景スポットとしても有名です!!

平安の庭
平安時代の貴族の邸宅、寝殿造りの庭をモデルにしてつくられました。
王朝の雅を偲ばせる曲水の宴が催される苔の庭が広がり、初夏から晩秋にかけてみごたえのある庭園です。

貴族の邸宅をモデルにしたとあって、奥には寝殿造風の神楽殿が

【室町の庭】
室町時代の様式でつくられた池泉回遊式庭園の「室町の庭」
茶道、生花、能楽などの日本文化が大成された時代背景もあり、
茶室が設けられた風情のある景色をお楽しみただけます。

複雑な曲線で造られた池の形も見どころ。

【桃山の庭】
芝生で海を表現しているのが特徴の枯山水庭園。
広々とした芝生が大海原、点在する岩が沿岸の島々を表します。
少し進んだ先にある船の形に剪定された松を欧州から黄金の国ジパングに来た船と想像してみると、天下統一を目指した桃山時代を感じることができるのではないでしょうか。

芝生の大海原が壮観でした。
室町の庭・桃山の庭を眺めることができます。

【城南離宮の庭】
平安時代後期の城南宮の一帯が最も華やかであった離宮の景観を表現しており当時の優雅さを感じさせる庭園。
平らな石を敷いた苑路が鴨川を、敷き詰められた白い石が離宮の池を、緑の草が陸地を、そして岩組みが殿舎を表しています。

ほんのひと息MEMO

これまで連載してきたぽちこらむ『お詣りいこか』。
「五社めぐり」の神社が出揃いました!

「京都五社めぐり」とは!?
「京都五社めぐり(きょうとごしゃめぐり)」とは、京都市内にある五つの格式高い神社を巡拝することで、京都の守護神にお参りし、厄除けや開運を祈願する巡礼行事です。京都の「四方と中央」を守る神々に参拝し、心身の清めや家内安全、開運を願う意味があります。専用の「五社めぐり朱印帳」もあり、各神社で御朱印を集めることもできます。

【都の中心「平安神宮」】

【東の青龍「八坂神社」】

【西の白虎「松尾大社」】

【北の玄武「上賀茂神社」】

そして今回、お詣りした南の朱雀「城南宮」
どのお社も京都人が古くから崇敬し、京の町を守り続けてきたお社ばかり。
四神のご加護に触れながら、京の町を散策されてみては如何でしょうか…


ほな次もまた、またお詣りいこか~。

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