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スコーンはいつ「私たちの知るスコーン」になったのか? | 19世紀末のレシピで辿る、スコーン進化の歴史

小麦粉とバターをたっぷり使ったイギリスのお菓子が大好きです。
中でもスコーンは特別。バターの香りと、サクッ、フワッ、ホロっとした独特の食感。焼き立てにジャムとクロテッドクリームを添えると、なんとも幸せな気分になります。

人生で1番美味しかった、ロンドンで食べたスコーン。/Phto by Minami

今ではアフタヌーンティーに欠かせないイギリスを代表するこのお菓子ですが、歴史を調べるとどうにも腑に落ちないことがありました。

スコーンのルーツと違和感

スコーンはもともと、スコットランドで食べられていた平たいパンだったと言われています。文献に初めて “scone” の文字が登場するのは16世紀初め。それから長い間、大麦やオーツを水や牛乳でまとめ、薄く伸ばしてグリドルで焼く素朴なものでした。
それが19世紀、ベーキングパウダーの登場によって膨らみ、現在のような姿になった——

よく語られるのはこうした歴史ですが、どうにも飛躍が大きい気がします。

大麦の平たいパンと、アフタヌーンティーの軽やかな焼き菓子。あまりにも姿が違いすぎて、本当に同じ食べ物として歴史が繋がっているのか疑問に思えてきます。

これはBannockというスコットランドのパン。元々のスコーンはBannockに非常に似ていたと言われています。

日本語、英語で調べて様々な記事を読みましたが、その「間」を具体的に示す説明はほとんど見つかりません。

そこで、重曹とベーキングパウダーが広く普及し始めた19世紀後半の料理書とスコットランド家庭の手書きレシピノートを手がかりに、スコーンの変化を辿ってみることにしました。


1878年:まだ「平たい素朴なパン」の名残を残していたスコーン

スコットランド国立図書館のサイトで見つけた、スコットランドの地主(ジェントリ)の女主人が所有していた手書きのレシピノートを調べました。

Mary Malcolm Palmer-Douglas' recipe book

1878年のこのノートには、「Scones」と題されたレシピが5つ記されています。

Barley meal sconesのレシピ。/Photo by National Library of Scotland: CC BY 4.0

最初に出てくるのは「Barley meal scones(大麦粉のスコーン)」。大麦粉と塩、牛乳を火にかけてペースト状にし、打ち粉をした台で平たく伸ばしてグリドルで焼くものです。膨張剤も入らず、最も古いタイプのスコーンだと考えられます。

「Scones」「Barley Scones」「Branxholm Scones」と題された3つのレシピでは、全て膨張剤として重曹と酸性材料(バターミルク、クリームオブターター、酒石酸)が使われていますが、油脂や砂糖、卵は入らず、焼き方の記載もありません。おそらく同様に平たく伸ばして焼くタイプだったと考えられます。

唯一、「Scotch Scones(スコットランド風スコーン)」というレシピは、他の4つのスコーンとは大きく異なっていました。ベーキングパウダーに加え、バターと卵を使用し、「グリドルまたはクイックオーブン( quick oven )で焼く」と記されていました。形はまだ平たく大きなスコーンだった可能性が高いものの、生地のリッチさ、またオーブン焼きにも対応しているという、より近代的な要素を持つレシピです。

Scotch Sconesのレシピ。Edinburgh Courant(スコットランドの新聞)に掲載されていたレシピを書き写したと思われる。/Photo by National Library of Scotland: CC BY 4.0

この時点では、依然としてグリドル焼きの平たいスコーンが主流だったと考えられます。一方で、オーブン焼きにも対応した、よりリッチな「Scotch Scones」のような過渡的レシピも現れ始めていました。

1881年:変化の兆し―生地のリッチ化

ロンドンで出版された『Cassell’s Dictionary of Cookery』(1881年版)にもスコーンのレシピが載っています。

ひとつは大麦粉に水と塩を加えて焼くシンプルなもので、1878年の手書きノートのスコーンと同様です。
もうひとつは、重曹を加えた「Scones,soda(ソーダスコーン)」です。いずれも薄く伸ばし、グリドルやフライパンで焼くとされています。
興味深いのは、「好みで大麦粉に少量のバターをすり込む( rub in)しても良い」ことや、よりリッチなスコーンとして、「小麦粉を使い、牛乳や水に予めバターかラードを溶かしてから生地を作る」という方法も示されており、「生地のリッチ化」の方向がすでに見られる点です。

スコーンはまだ平たいままですが、中身は少しずつ変わり始めていました。

1890年代:現代的スコーンの要素は揃うが、形はバラバラ

1890年代になると、スコーンは一気に多様な姿を見せ始めます。

1892年『Pastrycook and confectioners' guide』

ロンドンで出版されたプロ向けの料理書には、「Scotch scones(スコットランド風スコーン)」というレシピが登場します。このスコットランド風スコーンには、

• バター・砂糖・卵を使ったリッチな生地
• 表面に卵を塗って焼く(オーブン焼き)

という、現代のスコーンに近い要素が入っていました。しかし、形は大きな円形で、後から分割すると書かれており、形状にはスコットランドの古いタイプのスコーンの名残があります。1978年の手書きノートに記されていた「Scotch Scones」とかなり近い内容ですが、砂糖が入ったり、表面に卵を塗る工程が入るなど、より洗練されて"菓子"へと近づいた印象です。

さらにこの書籍には、グリドルで焼く「Girdle scones(グリドルスコーン)」のレシピも同時に存在します。グリドルスコーンは、小麦粉に膨張剤と牛乳、塩のみを加えた素朴な古いタイプのレシピと、生地にラード、砂糖、卵を加えるリッチなタイプの2種類がありました。

1892年 Mary Malcolm Palmer-Douglasの手書きレシピノート

一方で同時期のスコットランドジェントリ家庭の手書きノート。1878年のノートと同じ持ち主のものです。「Cream or butter scones(クリームまたはバタースコーン)」という名前のレシピが登場します。

• 材料は小麦粉+バター+ベーキングパウダー+牛乳
• 生地にバターをすり込む(rub in)
丸型で抜いて焼く(厚さ 0.5インチ(約1.3㎝)、直径3.5インチ(約8.9㎝))

バターを小麦粉にすり込むという、現代のスコーンに欠かせない工程が入っています。さらに伸ばした後に個別の丸型に抜いてから焼くという焼き方。厚さ1.3㎝、直径9㎝弱と大きく薄いですが、生地の作り方は現代のスコーンとほぼ同じと言って良いでしょう。

まとめると、1890年代には

• 小麦粉と膨張剤だけの素朴なもの
• リッチな生地なのにグリドルで焼くもの
•オーブンで焼くが、形は大きく平たいままのもの
•個別の丸型で抜いて焼くもの

など、さまざまなタイプのスコーンが混在していました。

この時点で起きていたこと

1890年代にはすでに、

• 小麦粉 
• バターのすり込み
• 膨張剤
• オーブン焼き
• 丸型成形

といった「現代スコーンの要素」は出揃っています。
ただしそれらはまだ一つにまとまらず、バラバラの形で共存していたのです。

興味深いことに、この変化はロンドンの料理書だけでなく、スコットランドの家庭のノートにも同時に現れています。


進化の途中のスコーンを作ってみた

19世紀末のスコーンは実際どんなものだったのか。3種類を再現してみました。

① 大麦のスコーン(1878年ノートより)

大麦粉・塩・牛乳のみ。焼き立ては意外とやわらかく食べやすく、素朴ながら穀物の風味がしっかり感じられます。バターとジャムを添えると十分に美味しい。

押し麦を粉砕したので、少しつぶつぶ感が残る仕上がりに。

② グリドルで焼くリッチなスコーン(1892年『Pastrycook and confectioner's book』より)

小麦粉とベーキングパウダーに、バター、卵、砂糖を加え、平たく伸ばして焼くタイプ。ふんわりはしているものの、食感はパンに近く、いわゆるスコーンとはかなり印象が異なります。

平たいパン。ピザ生地やナンみたいでした。

③ 丸型で抜くスコーン(1892年手書きノートより)

バターをすり込んだ生地を型抜きしてオーブンで焼くもの。見た目はやや薄く大きいものの、外はサクッ、中はふんわり。現代のスコーンにかなり近い仕上がりです。現代のものよりもバターの割合が低いので、あっさりとしています。

スコーンというより、イングリッシュマフィンのような見た目です。

並べると、進化の途中が見えてくる

つながりが無いように見えた「スコットランドの大麦の平たいパン」と、「小さく丸くてふんわりしたアフタヌーンティーのスコーン」。その間には、進化の途中のスコーンが存在し、確かに繋がっていたことが分かりました。

1870〜1890年代のスコーン。

スコーンはなぜ「今の形」になったのか

何百年もの間、スコーンはスコットランドの素朴な平たいパンでした。
それが19世紀の後半、わずか十数年の間に大きな変化を遂げていました。

この時期には、

• 膨張剤の普及(1860年代ソルベー法の発明、安価で大量生産が可能に)
• 鉄道による地域間の交流(1850年代にスコットランド主要都市とロンドンが結ばれる)
• ロール製粉機による白い小麦粉の普及(1870年以降、白い小麦粉が大量生産可能に)
• ビクトリア朝のスコットランド趣味(王室を起点としたスコットランド文化への関心の高まり)

といった要因が重なり、スコーンの進化を後押ししたと考えられます。

その中で、数あるバリエーションのスコーンが生まれ、「バター入りの生地を丸く抜いてオーブンで焼くスコーン」が、ティータイムに最も適した形として選ばれ、やがて標準化されていったと考えられます。

1900年前後:洗練されたティータイムの菓子へ

この変化の到達点を示す例として、クロード・モネの料理ノートがあります。

モネの料理ノートには「Scones」のレシピが書かれています。
小麦粉、バター、ベーキングパウダー、牛乳を使い、丸く型抜きしてオーブンで焼くもの。砂糖や卵は入らないシンプルな配合ですが、形も製法も現代のスコーンとほぼ同じです。

モネは1900年前後に複数回ロンドンに滞在しており、サヴォイ・ホテルなどに宿泊していました。おそらく、この滞在でスコーンに出会ったモネは、その美味しさに惹かれレシピを聞き出してフランスに持ち帰ったのでは無いでしょうか。
この時期のロンドンでは、すでにスコーンは高級ホテルやティールームで供される洗練された茶菓子として定着していたと考えられます。

1889年創業のサヴォイホテルは英国初のラグジュアリーホテルで、社交の中心でした。/「New Year's Eve at the Savoy Hotel, London 1910」, Max Cowper,1913: Public  Domaine

まとめ

スコーンは、ある日突然今の姿になったわけではありませんでした。
スコットランドの平たいパンから、ロンドンの洗練されたティーフードへ。
19世紀末の料理書と手書きノートから、その変化の一端をたどることができました。

19世紀末は、スコーンにとって急激な進化と混在、試行錯誤の時代
すでに現代的なスコーンの要素は出揃っていましたが、それらはまだ統合されておらず、さまざまな形のスコーンが同時に存在していた状態でした。

その中から、イギリスのティー文化に最もハマった「バター入りの生地を丸く抜いてオーブンで焼く」ものが「標準のスコーン」として洗練されていき、やがてイギリス全土へと広がっていったのだと思われます。


※今回調べた文献やレシピ原文は、別記事で資料編としてまとめる予定です💡


今回少しだけ登場した、クロード・モネの料理ノートについての記事を書いています。歴史、グルメ好きな方へ!

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