【人生について語る③】/心理学との出逢い
こんにちは。
「急激に変化する現実と自己の折り合いをつける」―――Mystic Pioneer(ミスティック・パイオニア)―――DEUKUです。
人生シリーズ、前回は子どものでうくが精神的に病んでいく経過を語りました。
なかなか長めの記事になりました。
前回、“ホゴシャ”が記事に登場しましたが、記事を書きながら「あぁ、このときに初めて出てきたのか」と思うなどしました。
当時は確かに現在よりもっとわたし自身を押しのけて前面に出てきていた気がします。それを言及していたAI占いさんすごい。
今回は、時系列的には思春期、心理学と出逢い、歩んだ経過をメインに語りたいと思います。
このテーマで語りたいこと
“育ち”によって生じる心の病、人に対する思いなど
恋愛・結婚・家庭に対する考え方
大人になって解決したこと、なおも影響するもの

3. 周囲の理解
「三歳児神話」の保護的な環境から、ぶっちゃけこれって虐待ですよね(!)的な小学生時代を過ごすことになったでうく。
その温度差に遂に心が風邪を引き、字が書けなくなるという日常的な支障に発展。だんだんと引きこもり気味になってゆく。
○ 「悲劇のヒロイン」
このときの自分の状態に勝手に診断をつけるとしたら「強迫性障害」だと思います。
ただ、受診したことがないので正確なところはわかりません。
この頃になると自分の心と体、そして脳がそれぞれに切り離されたような感覚になり、体が自分のものでないかのように重く。
学校に行くのが億劫になり、登校拒否をしたことが何度かありました。しかし、家族は良くも悪くも徹底的に理解を示さず、家を追い出されて終わりでした。
学校から帰るとベッドに直行し、暗い曲を聞き流しながらひたすら涙が止まって眠りにつくのを待つ。
そんなめそめそするわたしに
「悲劇のヒロインを演じるんじゃない」
母の言葉に、呼吸が止まるってこういう感覚なんだ、と思いました。
○ 「心の病」に対する家族の理解がないことのメリット・デメリット
家族の理解と協力を“全く”得られないこと、それはでうくにとってはプラスに作用しました。
人によって、重症度によって、どの要素がプラスにまたはマイナスに作用するのかは違ってくると思いますが、でうくの例を挙げておきます。
◆ でうくのスペック要素
自分自身の人生は自分でコントロールしたいという野心が強い
当時から情報収集癖がある → 情報の矛盾・精度・取捨選択に敏感
心理学との出逢い → 「心の病」や「発達段階」における知識
お調子者で失敗した経験 → 実践のタイミングを読み取る力
◆ メリット
「子どもの強迫」に起こりがちな「家族の巻き込み」が発生しない
社会との繋がりは保たれている → でうくの登校拒否が認められ、慢性的な不登校などによりゼロ状態になると確かに軌道修正は難しくなる
自立心が養われる → でうくはもともと早く自立したいタイプだった。初めて1から10まで独りで取り組んだ課題が心の病という皮肉はあれど
◆ デメリット
適切な医療に繋がることが難しい → 現在は「心の病」に対する認知度の向上とスクールカウンセラーの配置などから、見過ごされることは減ってきているのでは
孤独感
「一か八か」という不安は常に → わたしは現在でも「あのときたまたまうまくいったから良かったものの・・・」という思いがあります。背に腹は代えられないという覚悟から素人判断で方法を試しましたが、やはりリスクは少ない方が良い。療法なども専門機関で受けられるに越したことはありません
○ 「情報社会」という追い風
でうくが中学生に差し掛かる頃、PCが一般家庭に普及し始めます。
幸いだったのは、母が新しもの好きで、インターネット環境を真っ先に整えたこと。
やがて、PCの買い換え時期が来て、母のお下がりをもらえるようになる(=検索履歴などのプライバシーが守られる)と、見える世界は一変しました。
Word、Excelなどの登場により、文章を書くことの負担が劇的に軽減する
情報の入手が劇的に容易になる
○ 「インターネットカウンセリング」との出逢い
「カウンセリング」のワードはもともと知っていたため、検索エンジンに入力して片っ端から情報を漁りました。自分一人の力では難しいと思ったので、やはり最初は他人を頼ろうとしたのです。しかし、当時は13~14歳だったかな、お金がないので、ひたすら「無料」と条件検索をしていました。
1ヶ所、無料カウンセリングをしてくれるサイトがありました。
しかも、チャットで対応してくれる。
その上、非常に親身にお話を聴いてくださる素晴らしいカウンセラーさんでした。
わたし自身が「これはうわごとかな」と思うような発言も、しっかりと受け止めてくださいました。
ただ、強迫の部分に関しては、ネットカウンセリングではどうにもできません。ネットでは限界のある類の病なのだと、回数を重ねていくにつれ感じていきながらも
「せめて、今のわたしの手札の中だけで何かできませんか?」
と、相談すると、
「ごめんなさい、それはかなり難しいと思います。
医療機関の受診をお勧めします。大変だとは思うけど、親御さんに何とか説明して、連れて行ってもらった方がいいです。
力になれなくて、すみません」
・・・・・・こうして、ネットカウンセリングは終了しました。
今考えると、とても的確な助言と対応だったと思います。現在のカウンセリングでも恐らく同様の運びとなるでしょう。
(どうしてわたしの学校にはスクールカウンセラーがいないんだろう。・・・まぁ、いたところで、同じか)
でうくがそう感じた10年くらい後にスクールカウンセラーの名が全国に広まった印象があります。
○ 地域の支援機関へ
時代は少し先をいきますが、高校時代も一度誰かを頼ろうとしたことがありました。
保健室の先生に事情を説明し、情報提供や助言いただけることはないか相談しました。先生は協力的で、「学校ができる対応の範囲を超えてしまっている」と限界を伝えながらも
「心のことは先生もこれから勉強するわ。調べてみたけど・・・これかな?」
先生から渡された資料は『心身症』と『強迫性障害』について。
そして、対応できる機関として、おぼろげな記憶ではありますが―――確か、こころの健康センターあたりの情報提供をいただいたかと思います。
そして、平日昼間しか開いていなかったこともあり、普通に授業を抜け出して行きました。
正直、学校の勉強よりこちらの方がわたしにとっては一大事だったのです。
ただ、ここでも立ちはだかるのが保護者の同意。わたしはこのとき、まだ16歳です。
職員のかたは「登録はできないけれども突然来たので単発のお話だけでも聞きますよ」というスタンスで対応してくれました。
当時はどうだったのか定かではありませんが、こういった相談は要事前予約なのですよね。。。今思うと悪いことをしました。
しかし、職員の出した結論が「あなたは周囲の人たちに合わせることに強い抵抗感があるのですね」なのはあまりにあんまりでした。
「いや、そういう話をしているわけでは・・・」と返すのですが、強迫の話に辿り着くことなく終了したというか諦めました。
(これは・・・・・・大人を頼ると馬鹿になる気がするな)
あれほど大人になりたかったのに、いざ自分が大人の年齢に近づいてくると、大人の“粗”ばかり見えてくる気がする。
以降、職場における自身の課題に気づくまで、「信じられるのは己のみ」を地で突き進む形となります。
4. 心理学との出逢い
時は少し遡ります。
もともと読書好きで調べものの習慣があったでうく。中・高・大と、プライベートな時間は殆どどこかの図書館にいました。
大学生の頃は半ば趣味のためにいましたが、中学生の頃はとにかく、どんな些細なことでもいいので自身に起きている現象に関する手がかりが欲しかったのです。
心理学と出逢ったのは偶然のことだったと思います。生きる意味も知りたかったので哲学系の図書も読みましたし、病気の可能性もあると思い医学系の図書も読んだ記憶があります。心理学系の図書は大抵、それらの系統かスピリチュアル系の棚の近くにありますよね。
心理学との距離感やDEUKUの思いについては、別途👆上の記事をしたためていたためそちらに譲ることとして、様々な書籍を読み進めた結果、行動療法を試そうという思いに至ったことをこちらでは述べておきます。
とはいえ、でうくは素人。しかも14歳の子どもです。
しかし、でうくにとってもうこれ以上の底はない。
いや、あるかもしれないけれど、底が抜けて落ちてしまってもいいと思っていた。
こんな日々が永遠に続くくらいなら、どんな形であれ終わらせてやる。
○ 自分で自分を実験する
わたしが試してみたのは暴露反応妨害法。
正規の手順を踏んだとは言いがたいですが、知識を脳みそに詰め込んで、なんとなくそれらしきことをした気がします。
あらゆる行為に対して強迫が般化しつつあったため、まずは般化の阻止から行ないました。
例えば、物を数ミリのズレもなく揃える、順序を守れないと最初からやり直す、完璧な字を書くといった不完全恐怖や儀式行為がわたしの行動様式にはかなり根強く定着していたものの、それに加えて手洗いなどの洗浄や家の鍵締め・エアコンのオンオフなどの確認の強迫観念が生じ始めたため、行為に移行する前に「2回まで」と厳密に線を設けました。2回までであれば、まだ正常な範囲と判断したからです。
大玉である書字に手をつける前に、周辺から潰していく。無意識でしたが、これが不安階層表でいう「不安の強度が低い段階からアプローチしていく」ことだったのかもしれません。
次は物の配列や対称性について揃える回数や秒数を設定する、その次は物事の順序や秩序について敢えて手順を飛ばしてみるなど、少しずつ不完全恐怖へのアプローチに手を広げていきました。物の配置にせよ手順を飛ばすにせよ、相応の理屈がわたしの脳みそには必要だと判断したため、いろんな人のいろんな行動を脳みそに見せて、「ほら、人間なんてテキトーに生きているもんでしょ」と言い聞かせたりしていました。
○ 字が書けるようになるまで
しかし、やはり厄介なのは書字で、一度「これは人の書く字ではない」と認識してしまった脳に「これは人の書いた字です」と再認識してもらうのは非常に大変でした。わたしの脳がわたしが人間であることを否定してしまっている。
その上、字というのは他人に見られるものですから、他人の評価が必ず入ります。
「字が綺麗だね(上手だね)」
「書道をやってるの?」
「字を書くのがゆっくりだね」
「字が小さい(読めない)よ」
「もっと他人が読める字を書きなさい」
よくもまぁみんな他人の書いた字に興味が持てるものです。
いわば、常に不安階層表でいう強度MAXのフラッディングを受けている状態であるため、何も感じていないように装えてもパニックを起こしています。
しかも、プラスであろうとマイナスであろうと「他人が評価のコメントをしている」という現実が目の前にあるため、「気にする必要はないよ」と無視することができません。
パニックに対してはやり過ごすしかないため、体が動くようになるまでじっとしているか、呼吸を整えるよう努めて緊張を逃がす程度でした。
これが、漸進的筋弛緩法に近いものでしょうか。
ただ、実際は体が思い通りに動いてくれないためイライラすることも多く、衝動的にペンで自分の手を刺したりと、自傷に近いことをすることもたまにありました。
周囲と同レベルまで書字能力を取り戻したのは社会人になってからでしょうか。結局、10年はかかりましたね。
社会に出てからは他人が読めない字を書く人が山ほどいるので、脳みそに対して「ほら、わたしの方が立派だろーが!」と褒め称えるようせがみました(笑)
○ 発達段階に合わせた症状の軽減
「見通しを持てる状況を作る」ことも非常に重要です。
これは高校に入学してからでしょうか。
保健室の先生の意見とわたしの見立てが一致したため、「これは強迫性障害である」と当たりをつけて、強迫性障害について本格的に調べ始めました(中学生のときも推測はしていましたが、対症療法の詮索を優先していました)。
好発年齢や原因、経過、予後など、いろんな書籍や文献を照らし合わせて理解を深めた気がします。
併せて、発達心理学との照らし合わせも行ないました。
わたしは今、発達段階のどの辺りにいて、その段階はいつ頃抜けるのか。
どのような心理状態になりやすく、その状態を落ち着かせるにはどんな要素が必要か。
その状態が落ち着けば、認知や行動にはどのような変容が期待できるか。
その認知や行動の変容は、強迫に対し何らか影響を与えうるか、など。
思春期性であるため症状改善の見込みありと踏んで、症状軽減の年齢的な予測と、その追い風の波に乗るべく年齢到達までに抑えておくべきことなどを割り出していたような気がします。
その波に乗れなかった場合、年齢的にはこれぐらいになっているだろうから、アルバイトなどでせめてこれぐらいは稼いで、受診しよう。
まとめに
これらのことを、字が書けなかったから、ほぼほぼ脳内だけで情報処理していたのだと思うと、わたしけっこう頭良くない?(笑)
・・・・・・冗談は置いておいて、このような感じである意味毎日が命懸けだったため、火事場の馬鹿力がずっと働いていたのだと思います。
・・・・・・本当に、「たまたまうまくいったから良かったものの」です。
こんな状態ではもちろん友達も青春もありませんから、・・・本当に、何のために生きているのかを考える毎日でした。
現在でも、書字はごくたまにですがぶり返すときがあります。
薬物と同じです。脳みそに妙な回路ができてしまったから、一生のお付き合いです。油断していると喰われるなぁと思います。
発症から20年以上が経っている現在でも、戦々恐々としているのよ。
次回について
ここまででうくの「心の病」との付き合い方を語りましたけれど、皆さま、参考にはしないで、受診をしてください(笑)
次回は、こんな感じで育ってきたでうくの、家族や性、他人との距離に対する考え方を、新たなエピソードを入れながら整理していきたいと思います。
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