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『名前のない退職理由』を考えて、笑顔を命令するのをやめてみた。| スタッフを「管理」するのをやめて「推し活」してる社長のnote ep.11

この文章は、サービス業における感情労働の本質と、働く人が真に報われる組織の在り方を考察したものです。

どうも、本と失敗からしか学べない男、タルイタケシです。

私についてはこちらをご覧ください。


突然ですが、あなたは退職理由のアンケートを見たことはありますか?

厚生労働省が毎年出している「雇用動向調査」に、前の職場を辞めた理由を尋ねた項目があります。

項目の選択肢はこちらです。

・仕事の内容に興味を持てなかった。
・能力や資格を生かせなかった。
・職場の人間関係が好ましくなかった。
・会社の将来が不安だった。
・給料等収入が少なかった。
・労働時間、休日等の労働条件が悪かった。
・結婚。出産・育児。
・介護・看護。
・その他の個人的理由。
・定年・契約期間の満了。
・会社都合。

尚、令和6年の調査において、

女性の回答の最多は
「その他の個人的理由」で24.3%でした。

二番目が労働条件の12.8%。
三番目が人間関係の11.7%。

この「その他の個人的理由」ってなんだと思います?

私は、一番大きい理由が「その他の個人的理由」
だということに違和感を覚えます。

一番が特定できなければ、アンケートとして機能してません。

私はここの「名前のついていない何か」が、押し込められている気がしてならないのです。


これは私の仮説です。

この箱の中身は「気持ちがすり減った」ではないのでしょうか。



ここから、もしも退職理由の一番が「気持ちがすり減った」ならば、その原因と対策について私の考察を書いていきます。


そもそも、私が店をつくった理由

私が起業した一番の理由は、

サービス業なのに、働いている人が笑顔になれていない。

お客さんを笑顔にする仕事のはずなのに、当の本人がまったく笑っていない。

なぜそうなるのか?
どうすれば変わるのか?

それを研究したくて、自分で店を持ちました。


ただ、いまになって思います。

「働く人を笑顔にしたい」

この言葉そのものが、すでに危なかったのかもしれません。


なぜなら、笑顔にしたいと思う経営者は、いつか「笑顔でいてほしい」と期待する。

期待は、立場を持った人間から発せられた瞬間に、命令へ変わることがあるからです。

数字が語らない部分

同じ調査で、業種別の離職率が出ています。

全産業の平均は14.2%。

これに対して宿泊業・飲食サービス業は25.1%で、全産業の最高です。

私たちのようなリラクゼーション業が入る「生活関連サービス業、娯楽業」は19.0%。

上位を、人と直接向き合う仕事が占めています。

もちろんこの数字には、パートタイムの比率が高いといった事情も混じっています。

だから、数字だけで「気持ちのせいだ」と言い切るつもりはありません。


ただ、辞めていく人が最後に見せる疲れは、体の疲れではありませんでした。

サービス業の仕事は、半分が感情でできている。

そして、数えられているのは残りの半分だけです。


私は過去に、笑顔の作り方を教えていた

先に告白しておきます。

コンサルタントをしていたころ、私は飲食店のマニュアルを作る仕事をしていました。

接客指導もしていました。

開店前にスタッフに鏡の前に立ってもらい、唱和させるのです。

「ミッキー、ハッピー、ケンタッキー」

これは、イ段で終わる言葉を言うと口角が上がることから接客研修で誰からともなく広まった定番ネタです。

また、口角が上がらない子には割り箸を横向きに咥えさせて、口角を持ち上げる筋肉を鍛えるトレーニングもやらせました。

笑顔の作り方とコツを、私はそうやって指導していたのです。

当時はそれを、いい仕事だと思っていました。

みんな楽しそうにやってくれたからです。

ミッキー、ハッピー、と声を揃えて、笑いながら鏡に向かう。

その日の店は、実際に明るくなります。

数字も動く。

店長にも感謝される。

ところが、しばらくして同じ店に行くと、笑顔は消えているのです。

また指導をします。

また戻る。

そして、また消えていく。

笑顔になれない理由は、笑顔の作り方とはまったく別のところにありました。

私はそれを、口角の筋肉の問題だと思って通い続けていたのです。

さっき書いた問いは、このときに生まれたものです。

そして自分が何をしていたのかは、長いあいだ考えたこともありませんでした。

私は、人の心の持ち方を仕様書に落としていたのです。


命令していない…つもりだった

自分の店を持ってからは、マニュアルを作りませんでした。

朝礼で笑顔の練習をさせたこともないし、表情について何か言った記憶もない。

だからもう自分は、あちら側の人間ではないと思っていました。

でも、期待はしていたのです。

もっと笑ってくれたらいいのに、と思っていた。


そして期待というのは、評価する立場の人間が持った瞬間に、命令とほとんど同じ働きをします。


口に出さなくても伝わる。

伝わったほうは、応えておくのが得だと判断する。

マニュアルを捨てただけでは、何も終わっていませんでした。

いちばんたちが悪い命令は、言葉になっていない命令です。

念のため書いておきますが、笑顔をやめた話ではありません。

笑顔を、命令するのをやめた話です。


気持ちを商品にする、という仕事

1980年代、アメリカの社会学者アーリー・ホックシールドは、客室乗務員などの仕事を研究し、「感情労働」という考え方を提示しました。

肉体労働、頭脳労働の仕事に続く、三つ目の仕事です。


航空会社は「笑いなさい」と指示していただけではなかったのです。

研修で、こう教えていました。

お客様を、自宅に招いたお客だと思いなさい。

お客様に対して好意的な感情を持ち、それを表情や態度として示すことまで仕事に含まれていた。

顔の作り方ではなく、心の持ち方まで会社が決めていたのです。


つまり、売っていたのは時間や技術だけではない。

感情の表現まで商品になっていたのです。


私は、この話を読んだとき、正直、背中が寒くなりました。

割り箸を咥えさせていたのは口の筋肉ではなく、あの人たちの気持ちのほうだったのだと、ようやくわかったからです。

友人を心配するのも、親を気づかうのも、同じ心の作業です。

でもそれは自分のものです。

同じ作業にお金がついた瞬間、その気持ちは自分の管理下を離れます。


笑顔が、自分の持ち物ではなくなる。


顧客には笑顔を売り、上司には忠誠心を売っている

ここが、私がいちばん書きたかったところです。

感情労働はふつう、お客様に対するものとして語られます。

でも会社の中を見ると、もう一本あります。上司にです。

・やる気があるように見せる。
・会社が好きであるかのように振る舞う。
・上司の機嫌を読む。
・評価面談では前向きなことを言う。
・本当は納得していなくても「わかりました」と答える。


顧客には笑顔を売り、上司には忠誠心を売っている。


そして私の考えでは、長い目で人を消耗させるのは後者のほうです。


お客様の前で多少笑顔をつくることより、毎日誰かの顔色を読み、評価を気にし、やる気を演じ続けるほうがきついです。


しかもこちらは、業務ですらありません。


何が人を消耗させるのか

その後、感情労働について調べていくと、面白いことがわかりました。

人を疲れさせるのは、単純に「笑った回数」ではありません。

たとえば接客の仕事では、本当は疲れているのに笑う。腹が立っているのに、感じよく振る舞う。嫌なことがあっても、「大丈夫です」と笑顔を作ることがあります。

心理学では、こうした本心とは違う感情を表情だけで演じることを「表層演技」と呼びます。

研究では、この表層演技が多い人ほど、感情的に消耗しやすいことが繰り返し報告されています。

逆に、本当に楽しいから笑う。相手に親切にしたいと思って気づかう。

同じ「笑顔」や「気づかい」に見えても、こちらは消耗の仕方が違います。

さらに重要なのが、自分で決められるかどうかです。

「笑顔で接客しなさい」と命令されるのと、「今日はこのお客様には少し丁寧に接しよう」と自分で決めるのでは、同じ行動でも意味が違う。

仕事の裁量や自律性が高いほど、感情的な消耗が小さくなる傾向も、多くの研究で確認されています。

つまり、人を消耗させるのは感情労働の「量」だけではありません。

本心と違う自分を演じ続けること。
そして、その振る舞いを自分で選べないこと。

笑顔が悪いわけではない。

気づかいが悪いわけでもない。

問題なのは、笑顔や気づかいが「自分の選択」ではなく、「仕事だからやれ」に変わったときなのです。


宿命の受け取り方は、三つしかない

サービス業は、笑顔を商品にしなければならない仕事です。

これは変えられません。

だから問題は、この宿命をどう受け取るかになります。

①宿命を否定して、笑顔を求めない。

これはサービス業をやめるのと同じです。


②宿命を受け入れて、演じさせる。

マニュアルを配り、研修をして、心の持ち方を指定する。

世の中の大半がこれです。


③宿命は認めたうえで、笑顔が出る条件のほうを設計する。

私が選んだのは三つ目でした。


やめたこと① 心の持ち方を決めるのをやめた

いま推しメン(スタッフ)と一緒にクレド(理念)を作っている最中です。

ここだけは気をつけています。

「こう行動する」はいい。

でも「こう感じてほしい」と書いた瞬間に、それは昔の私が作っていたマニュアルと同じものになります。

理念は、いちばん優しい顔をした命令になり得ます。

仕事として求めるのは、行動と成果までです。

施術する。予約を守る。掃除をする。お客様に必要な説明をする。

そこから先の気持ちは、私のものではありません。


⚪︎やめたこと② 上司をやめた

さっき書いた、社内に向けた感情労働のほうです。

期待が命令になるのは、期待する側が評価権を持っているからでした。

だったら、評価権のほうを手放すしかありません。

うちには店長がいません。
評価制度もありません。

評価する人がいなければ、この半分は構造ごと消えます。


やめたこと③ 笑顔で受け流すのをやめた

普通のクレーム対応マニュアルには、「困ったお客様にも笑顔で対応する」と書いてあります。

受け流すというのは、気持ちを殺す作業のことです。

うちは業務委託なので、そもそも指示ができません。

だから逆に、断っていい基準のほうを、店の側から先に出しています。

「自由に断っていいよ」だけでは、誰も断れないからです。

不快なお客様に耐えるのは、あなたの仕事ではない。

そう先に言っておくことが、いちばん効きました。


ここで、推し活経営そのものを疑ってみる

ここまで書くと、私の提唱する「推し活経営™︎」は感情労働を減らす経営のように見えます。

でも、本当にそうなのか。

私はいまここを疑っています。

なぜなら、使い方を間違えれば、推し活経営は管理型経営より強い感情労働を生む可能性があります。

管理型の会社なら、命令は命令として見えます。

上司がいる。
評価制度がある。
マニュアルがある。

だから、嫌なら反発する相手がわかる。


ところが推し活経営では、

「仲間を応援しよう」
「感謝しよう」
「恩送りをしよう」
「お互いを推し合おう」

という、反対しにくい言葉が並びます。

どれも善意に見える。

だからこそ危ないのです。

「笑顔で接客しなさい」と言われれば、命令だとわかります。

でも、

「仲間を好きになろう」
「感謝できる人でいよう」

と言われたとき、それが命令だとは気づきにくい。


推し活経営が最も危険なのは、管理をなくしたつもりで、感情の管理を強化してしまうことです。

推し活経営にも、まったく同じ落とし穴がある


「お互いを推し合う会社です」
「仲間を応援しましょう」
「感謝を伝えましょう」

こう言い始めて、それを評価制度に組み込んだ瞬間、推すことが仕事になります。

これは「笑顔で接客しましょう」と、構造としてまったく同じです。


助け合いを評価しますと決めれば、助ける行為は評価を取るための演技になります。

感謝を求めれば、感謝している顔をつくる人が出てくる。

応援を求めれば、応援しているふりをする人が出てくる。

そして、その演技が上手な人ほど「推し活経営を理解している人」と評価され始める。

そこまで行ったら、昔の笑顔マニュアルと何も変わりません。

むしろ、「善意」で包まれているぶん、昔より逃げにくいかもしれない。


だから、推せとは言いません。

推したくなる余白をつくるほうです。

断ってもいい。
辞めてもいい。
競争しなくてもいい。

誰かの機嫌を取らなくてもいい。
今日は誰も助けたくない、と思う日があってもいい。

それでも困っている人がいたら、自分の意思で助ける。

そのときに初めて、恩送りが自発的な行為になります。


推し活経営で守らなければならないのは、

「推す自由」ではなく、
「推さない自由」なのかもしれません。



だから、推し活経営を続けるためには、推し活経営そのものを疑い続ける必要があります。

「これは自由か。それとも新しい同調圧力か」

「これは恩送りか。それとも善意を装った命令か」

「これは推しているのか。それとも推している顔をしているだけなのか」

たぶん、この問いをやめた瞬間に、推し活経営は管理型経営へ戻ります。

名前だけを変えて。


まとめ

研究の末にたどり着いた結論は、拍子抜けするほど平凡でした。

やっぱり、気持ちが大事だったのです。

ただ、この一行そのままだと危ない。

「心を込めて働きなさい」と、言葉としてまったく同じだからです。

違いは二つだけだと思っています。

その気持ちを誰が出すのか。

それが命令になっていないかどうか。


感情は、命令した瞬間に偽物になります。

だから私がやったのは、感情を管理する経営から、感情が自然に動ける経営へ、置き場所を変えることでした。

行動の責任は求める。

でも、感情までは所有しない。

そしてこれは、推し活経営にもそのまま当てはまります。

「推せ」と言った瞬間に、推し活ではなくなる。

「感謝しろ」と言った瞬間に、恩送りではなくなる。

「仲良くしろ」と言った瞬間に、自律ではなくなる。

だから推し活経営は、完成した経営論ではありません。

自分自身が新しい感情労働を生んでいないか、疑い続ける経営なのだと思います。


働く人をもっと笑顔にする経営ではありません。

笑顔でいなくても居られる組織をつくる。

推さない日があっても居られる。

感謝できない日があっても居られる。

それでも、また誰かを自然に推したくなる。

その結果として、笑顔が増える。

たぶん、この順番なのだと思います。


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