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ライニア乱記 魔法使いのはかない弟子 第二章 成長する脅威 六、誤射

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 恐らく、わざとセレストを狙ったわけではなかったのだろう。泣いているシュインは傷付けてしまった人へ、何度も謝っていた。
「ごめんなさい! 暗くてよく見えなかったんです! あなたを狙うつもりはなかったんです! 本当に……」
「待て、セレストに近寄るな! そこにいるやつ……そうだ、レンもだ!」
 近付いてくるシュインを、フュシャが手を挙げて止める。人の感情を受けて、セレストが「感応」能力による悪影響を受けてしまうかもしれない。レンはその場に留まったまま、フュシャたちの事情を聞いた。セレストがイホノ湖で魔法を使用した際、「覚醒」に至った疑惑が上がっていた。時間が経っても彼女の様子は落ち着かず、ついには覚醒者としてアレクに送還されそうになっていたのをフュシャが救った。
 そしてフュシャもまた、「白紙郷」への参加と魔力増幅薬所持の疑惑で逃亡を余儀なくされている。二人して移動していたところに、予期せぬ襲撃があったのだ。普通の病院へ行くにも、セレストの能力が阻んでくる。
 シュインは涙を引っ込め、話をじっと聞いていた。それからフュシャたちへ届くように声を上げて提案する。
「人とあまり関わっちゃいけないなら、わたしが使っている病院を紹介しましょうか? そこならお二人を捕まらないようにもしてくれると思います。電話はあります? お兄ちゃん」
「嗚呼。流石にあそこも許してくれるだろう」
 レンの知らぬうちに、シュインの兄が彼女のすぐ後ろにいた。彼が携帯端末で電話を掛けている間、シュインがこちらへ歩み寄るとそっと腹辺りを押してきた。されるがまま下がっていくレンは、男から少しずつ離れていく。セレストにも近付いてはいないと悟ったレンは、顔を向けた先のフュシャへ問い掛けた。
「セレストさんが回復したら、また逃げるつもり?」
「もちろんだ。セレストは絶対アレクに行かせない。『覚醒』なんてのもあくまで未遂だ。ついでに、ピーチェもぶっとばしてやりたいな! あいつめ、人をいいように扱いやがって!」
 座ったままでいたフュシャが地面へ拳をぶつけると同時に、男の電話が終わった。じきに病院から迎えの車が来るという。それまで自分の家で待たないかレンは勧めたが、フュシャに断られた。寒い外から温かい空間に入れば、流血がひどくなってしまうと。
 血の滲む布に手を当てるセレストは、フュシャの膝に頭を載せて横になっている。まだ「覚醒」したとはいえないのに連行されてしまう、その仕組みもどうなのか。アレクで見た覚醒者たちの居住区が、レンに否応なく呼び起こされる。異国の生活に馴染む者もいれば、故郷へ帰れないことに苦しみ「覚醒」を起こす者もいた。第一、個人の平和な日常を壊すような仕打ちが納得できない。
 しばらくセレストを見守っていたレンは、シュインの叫びを聞き付けた。首を動かした先では彼女の兄が刃物を振り上げてこちらへ迫ろうとしており、後ろからシュインが小さな手で彼を押さえ込んでいる。
「離せ、シュイン! 今が好機だろう!」
「やっぱりやめようよ!」
 妹の反発を受けた兄は振り返ると、彼女の左耳から頬にかけた部分を強く手で打った。よろけた少女のもとへレンは駆け寄り、その姿勢を起こす。そして妹を殴った者を強く睨んだ。
「それが妹にすること!? 鼓膜が破れでもしたらどうするんだ!」
「騒がしい! 何があったんだ?」
 フュシャの問いにレンが答えようとした時、自動車のライトが木の幹を照らした。町でもよく見るような灰色のワゴン車に、まずセレストが乗せられる。それを追うようにフュシャも車内の椅子に座り、扉が閉められる。運転手は窓越しにシュインと兄と話をしてからエンジンを掛けた。地面に落ちた枝を折る音を時々立て、自動車は森を抜けていく。
 なぜシュインがセレストを撃ってしまったのか、その理由は聞けず仕舞いだった。兄が妹を連れ、レンへ挨拶もせず遠ざかる。思えばあの男も刃物を持っていたが、自分を狙っていたとでもいうのか。疑問を持ったまま、レンは夢中で走っていた道をゆっくりと引き返していった。
 
 
 自宅に連れ戻されてからのシュインは、散々な扱いを受けていた。玄関を抜けるなり、寒い廊下に膝を折って座らされ、再び左頬を叩かれる。
「よくも仕損じてくれたな! しかも余計な被害まで出した! 先ほどはそう見受けられなかったが、今頃警察に通報されているかもしれないぞ! どうしてくれるんだ!」
 膝の上で指を遊ばせ、シュインは苦し紛れに声を振り絞る。
「だ、だって何も見えなかったから……暗いときに動いたのが悪いんじゃ……」
「なら、次には狙う時間を変更する。大事に至らしめたくはないから、慎重に選択しないといけないがな」
 そもそも朝に仕留めていれば、この時間に動く必要もなかった。次こそは彼女が一人でいる時を狙って、確実に仕留めるのだ。何も知らない兄が迷いなく話すのを、シュインは聞いていられなくなった。
「お兄ちゃん、もうあの花……人を殺すのはやめましょう……。わたしたちが殺そうとしたってのもばれているよ。ハスの花さんは、クァン兄さんを殺しそうにない、優しい人だよ……」
 いくら目に涙を溜めて頼んでも、兄の態度は厳しかった。
「こちらが親切だと認識する人間にだって、裏はある。あんたが懐いていたアマランスも、化け物みたいな人物だった。魔術を使えないという奴に出会って、魔術も魔法もない世界を教えたなんぞ自慢げに話していたが、聞いていて恐怖を覚えたぞ。それにあいつは異世界の出身ながら、人の魔法や寿命を奪う能力を持っていて、だから年齢に似合わない若さを保っていたんだ。おれたちが魔法を使えないのも、きっと――」
 しばし話を止めて、兄は再びレンへの忠告をする。どうやら勉強を教えてもらっているようだが油断はするなと。すかさずシュインは膝を床に付けたまま姿勢を起こすと、兄を見上げた。
「ハスの花さんが死ななきゃいけないなら、わたしはもう学校へ行かない! あの人がいないと、学校なんて楽しくない! 教室ではものを隠されるし、ごみを投げられるし、囲まれていやなこと言われるし!」
「別の物事に幸福を見出していけば済むだけだ。まだ登校を再開して二ヵ月にはなるか? 流石に同級生も、あんたが来ることをもう訝しみはしないだろう。あいつじゃなくて、同い年くらいの友人を作れ」
 兄がまたも手を持ち上げたので、シュインは打突を覚悟して視界を閉ざした。拳の硬い感触が額に当たり、ぐりぐりと押し付けられる。何としてもレンを殺せ。次に自分が仕損じたら、兄が殺しに行く。低い声が鼓膜に響くと、彼へ逆らいたい気持ちは一気に萎んでいく。膝立ちだった体は壁へ倒れ込み、兄が去った後もシュインは動けずにいた。古い家の隙間から入り込む風が、体を絶えず冷やしていった。

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