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「定時で帰ったらキャリアは終わる」と思っていた。あれから5年、失ったもの・得たもの

こんにちは。定時退社研究家のこきちです。

ちょうど5年前の夏、私はnoteに「私が定時退社をする理由」という記事を書きました。

社内最年少で課長になった直後に前任者が失踪し、引き継ぎのないまま深夜残業を繰り返して、体調とメンタルを壊した——という、あまり格好よくない話です。

あれから5年。いま「#これからのキャリア」というお題を見て、これは書かないといけないな、と思いました。

当時の私がいちばん怖かったのは、体調でも評価でもなく、これだったからです。

「定時で帰る人になったら、私のキャリアはここで止まるんじゃないか」

5年経った答えを、得たものだけでなく失ったものも含めて、正直に書きます。

5年前、私に起きていたこと

まず、当時の状況をかいつまんで。

  • 大学卒業後、新卒で希望の会社へ。1年目で営業所トップの成績

  • 20代で社内トップの営業マンに(年間契約数の社内歴代記録を更新)

  • 30代で営業戦略部の課長に抜擢。社内最年少の管理職

ここまでは、絵に描いたような順調さでした。問題はこの直後です。

  • 課長就任の間際に、前任者が引き継ぎの途中で退職(そのまま失踪)

  • 引き継ぎゼロのまま業務が始まり、深夜残業が常態化

  • 同じ時期に、子どもが保育園のストレスから小児喘息を発症。夜間の救急と入院を繰り返す

  • 家じゅうが慢性的な睡眠不足。私自身も体調とメンタルが崩れた

当時の私は「頑張っていれば、いつか誰かが助けに来てくれる」と本気で思っていました。

来ませんでした。

そこで出した結論が、すべての元凶は残業だ、でした。

変えたのは「気合い」ではなく「やらないことリスト」

私が変えたのは、働く量ではなく働く順番です。

  • 仕事において「何をやらないか」が最も大事だと決めた

  • 【絶対にやらないことリスト】を作った

  • 完璧主義をやめて、「まず着手する人」になった

3か月かけて、管理職のまま「絶対に残業をしない」体制をつくりました。

そして、ここから5年が経ちます。


失ったもの

きれいな話にしたくないので、先に失ったほうから書きます。

① 4年9か月ぶんの発信

いちばん痛いのがこれです。

私の記事の投稿日を並べると、2021年9月7日を最後に、次が2026年6月17日。4年9か月、1本も書いていません。

毎朝つぶやいていたのに、定時退社の体制が完成した瞬間、ぱたっと止まっている。

理由ははっきりしています。

時間はつくれたのに、その時間を何に使うかを決めていなかった。

定時に帰ることは手段だったはずなのに、いつのまにか目的になっていました。帰れるようになったら、そこで満足して終わってしまった。

これがこの5年の、最大の反省です。

② 「朝5時起き」という理想

当時の私は5時起きを目指して、毎朝noteを書いていました。

先日、あのころのハックを自分で採点し直したのですが、5時起きには×をつけました。何度も挫折して、結論として合わなかった

早起きは手段のひとつでしかなくて、私の場合は「朝を増やす」より「夜を削らない」ほうが効きました。

③ 完璧主義(これは失ってよかった)

3つ目だけは、失ってよかったものです。

完璧主義をやめてから、仕事が速くなりました。80点で出して直すほうが、100点を1人で抱えるより結果的に品質が上がる。5年やって、この確信は強くなるばかりです。


得たもの

① 「定時で帰る管理職」は、詰まなかった

5年前にいちばん怖かった問いの答えです。

止まりませんでした。

いま私は、まだ管理職をしています。それどころか、自分の残業だけでなく部下の残業まで背負う立場になりました。

定時で帰ることと、責任を持つことは両立します。少なくとも私の5年では、そうでした。

ただし条件がひとつあって、自分が帰るだけでは無理です。チーム全員が帰れる設計にして、初めて管理職は定時で帰れます。ここは長くなるので、別の記事にします。

▶ その設計のうち「連絡の返し方」だけ、先に書きました:2分に1回、私たちは中断されている。速く働いても定時に帰れない理由

② 時間は、お金で買えると気づいた

残業を削り切ると、次に削るものがなくなります。そこで目を向けたのが、仕事ではなく生活のほうにある「小さな義務」でした。

  • 毎朝のヒゲ剃り → 医療脱毛に45万円

  • コンタクトの着脱と洗浄 → ICLに60万円

合計100万円。高い買い物ですが、これは消費ではなく時短投資だと思っています。

残業を減らしても、時間は増えなかった。30代管理職が「時短投資」に100万円使った話

③ 雑務を、人ではなくAIに渡せるようになった

いちばん新しい変化がこれです。

「何をやらないか」を決めるところまでは、5年前にできていました。やらないと決めたものを誰に渡すかが、ずっと解けていなかった。

いまはその一部をAIに渡しています。副業の求人調査をAIにやらせたら、3件連続で危ない求人を回避できた話も書きました。

【実録】副業求人に応募する前にAIに調査させたら、3件連続で「やばい求人」だった話


これからのキャリア

ここからが、このお題への私の答えです。

5年前の私にとってキャリアとは、会社の中の階段でした。最年少で課長になって、次は次長で、その次は——という一本道です。

いまは、そう思っていません。理由は単純で、その階段を全力で駆け上がった結果、一度壊れたからです。

代わりにいま置いている目標は、これです。

時間を切り売りしない収入を、会社の外に1本つくる。

出世を捨てたわけではありません。順番を変えただけです。「時間を差し出して評価を得る」のではなく、「時間を守ったまま、別の場所で価値を出す」。

その第一歩として、5年ぶりにnoteを再開しました。いまフォロワーは607人。1,000人までの過程を、数字も失敗も全部公開する実験を始めています。

【公開実験 #1】フォロワー602人。noteの数字を全部見せて、1,000人まで走ります


5年前の自分に一言だけ渡せるなら、こう言います。

「残業をやめても、キャリアは止まらない。止まるのは、空いた時間の使い道を決めなかったときだ」

4年9か月、私はそれで止まりました。だから今度は、使い道を先に決めてから走ります。

同じように「帰りたい。でも帰ったら終わりそうで怖い」と思っている人がいたら、この記事がその怖さを少しでも減らせたら、うれしいです。


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