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【社会人向け】口下手でも大丈夫。「論理」が仕事の武器になる

私は約20年間、組織で働く中で、論理的に考える力が仕事のさまざまな場面で役立つことを実感してきました。
論理的思考力は、自分の考えを整理し、相手に正確に伝える力になります。
そして、ときには理不尽な状況から自分を守ったり、現状をより良くするために、自分の意見を相手に届けたりするための力にもなります。

今回は、そんな視点から、私が実社会で感じてきた「論理的思考力を身につける意義」について考えてみたいと思います。


「論理的思考力を身につける意義」


① 理不尽なことに反論するための「論理」を形成できる


仕事をしていると、必ずしもすべての指示や判断が合理的とは限りません。
例えば、打ち合わせで、理不尽ながらも弁の立つ人や、感情的になる人に勢いで押し切られたり、本来自分が悪いわけではないのに、濡れ衣を着せられたり、自分に不都合な方向に書類が作られていったりすることもあります。
そんなとき、ただ我慢したり、受け流したりしていると、状況がさらに悪くなり、自分にとっても、組織にとってもマイナスになってしまいます。
そこで論理的思考力が身についていれば、
「何が本質的な問題なのか」
「どこが理不尽なのか」
「ルール上、本来どうあるべきなのか」
と、一つひとつ整理して考えることができます。
その結果、感情的な不満ではなく、根拠のある反論を組み立てることができます。
そして、それを相手や上司に伝えることで、理不尽な状況を解消し、組織をより健全な方向へ動かせる可能性があります。


② 口下手でも、資料や文章を使って自分の考えを伝えられる


その場でとっさに話すことが得意ではない人もいると思います。
私自身も、どちらかというとそういうタイプです。テンポの速い会話の中で、反射的に言葉を返すことは、あまり得意ではありません。
しかし、相手に自分の考えを伝える方法は、「その場でうまく話すこと」だけではありません。
弁の立つ人が、その場ではうまく話をまとめたとしても、後から調べてみると、「自信を持って話していたけれど、言っていることは事実と違った」ということもあります。
そうしたことが繰り返されれば、いくら話がうまくても、「この人の話は少し割り引いて聞いたほうがいい」と思われてしまいます。
では、口下手な人はどうでしょうか。
確かに、話してみると自信がなさそうに見えることはあるかもしれません。
しかし、事前に説明資料を作り、伝えるべきことを整理しておけば、その資料に沿って説明することで、自分の考えを正確に伝えることができます。
また、打ち合わせの資料でなくても、メールなどの文章を使って、自分の考えを論理的に整理して伝えることもできます。
もちろん、話すことが得意であることに越したことはありません。
ただ、口下手であっても、論理的思考力があれば、「話術」以外の方法で自分の意見を伝えることができるのです。
※もちろん、文書やメールによるやり取りが少ない職場では、この方法を使える場面は限られます。


③ 要望を整理すると、相手も対応しやすくなる


論理的思考力は、「反論する」ためだけのものではありません。
誰かに何かを依頼するときにも、大きな力を発揮します。

例えば、
「困っているので、何とかしてください」
とだけ伝えられても、相手は何をすればよいのか分かりません。

一方で、
「現在こういう状況になっている」
    ↓
「ここが問題になっている」
    ↓
「そのため、この対応をお願いしたい」

と整理して伝えれば、相手も状況を理解しやすく、問題解決のために動きやすい状態をつくることができます。
さらに一歩進めると、自分が依頼する相手も、その上司に「なぜこの対応が必要なのか」を説明しなければならない場合があります。

そのため、

• 誰がどのように困っているのか
• なぜ問題を解決する必要があるのか
• なぜこの対応が必要なのか

まで整理して依頼文に含めておけば、依頼を受けた人も、その上司に説明しやすくなります。

論理的に整理された要望は、相手が動くための材料にもなるのです。


④ 「筋の通った人」という信頼につながる


普段から論理的に筋の通った発言をしている人に対しては、

「この人は思いつきだけで発言しない」
「きちんと考えてから話している」
「この人の説明なら、一度聞いてみよう」

という印象が、少しずつ積み重なっていきます。

一方で、ルールを守らない、組織の方針に従わない、他人に求める理屈を自分には適用しない、といった行動を繰り返していると、徐々に信頼を失っていきます。

例えば、権限を与えられていないのに自分の判断だけで物事を進める人に、大切な仕事を任せるのは難しいでしょう。
これは、「論理的に考えれば、その人に仕事を任せることが適切ではない」と判断できるからです。
このように、論理的思考力は一つひとつの議論に勝つためだけの力ではありません。長期的な信頼を築くための土台にもなるのです。


⑤ 自分自身の行動をチェックし、落とし穴を減らせる


論理的思考力は、他人を説得するときだけに使うものではありません。
むしろ、自分自身に対して使うことも非常に重要だと思います。

例えば、

「今の判断に矛盾はないか」
「都合のよい部分だけを見ていないか」
「何か見落としている条件はないか」
「第三者に、自分の判断や行動の正当性を説明できるか」

と、自分の考えや行動を一歩引いて確認することができます。
浅はかな考えや一時の感情だけで判断してしまうと、後になって、
「こんな情報があったなんて。もっと調べればよかった」
ということもあります。

論理的に考える習慣は、こうした思わぬ落とし穴を避けるための、自分自身に対する安全装置にもなるのです。


⑥ 立場が弱くても、意見を拾ってもらえる可能性がある


私が論理的思考力の大きな価値だと感じているのは、論理そのものは、誰が言ったか、どのように言ったかによって変わらないということです。
もちろん、現実の社会では、正しいことを言えば必ず意見が通るわけではありません。

役職、経験、組織内での立場などによって、発言力や権限には違いがあります。そのため、立場の弱い人がいくら正しいことを言っても、受け入れてもらえないこともあります。

それでも、論理的に筋の通った意見であれば、上の立場にいる人がその価値に気づき、拾い上げてくれる可能性があります。

私自身、部下から意見を受けたときには、立場ではなく、
「その意見に筋が通っているか」
「実際に役立つか」
を見るようにしています。

私自身が上司に対して意見を伝え、その意見が反映されたこともあります。
つまり、論理的に考え、自分の意見を筋道立てて伝えることは、自分の立場を超えて意見を届け、環境や組織、業務の質を向上させるための一つの手段になるのです。


数学では「誰が言ったか」ではなく、「論理が正しいか」


ここで、数学について考えてみたいと思います。
数学の世界では、基本的に「誰が言ったか」ではなく、その主張が論理的に正しいかどうかが重要になります。
年齢、性別、職業、社会的な立場、国籍などによって、数学の答えが変わることはありません。
ある条件のもとで論理的に正しいことが示されれば、誰が考えても、その結論は同じです。
これは、実社会とは大きく異なるところです。
現実の社会では、権限、人間関係、組織の事情などによって、正しい意見が必ずしも通るとは限りません。
数学では「論理」が判断の軸になりますが、実社会では「論理」以外の要素も判断に影響します。
では、だから数学を学ぶ意味がないのか。
私は、むしろ逆だと考えています。
スポーツに例えるなら、論理的思考力は基礎的な筋力や持久力のようなものです。
実社会では、野球、サッカー、バスケットボールなど、それぞれ異なるルールや状況の中で戦わなければなりません。
しかし、どの競技をするにしても、基礎的な身体能力があれば、それを土台としてさまざまな場面に応用できます。
同じように、数学を通して論理的に考える力を身につけておけば、それを仕事、日常生活、人とのコミュニケーションなど、さまざまな場面に応用することができます。


論理的思考力そのものにデメリットはない


ここまで論理的思考力のメリットについて書いてきました。
すると、
「でも、論理ばかりでは人は動かないのでは?」
「正論を言いすぎると、人間関係が悪くなるのでは?」
という意見もあると思います。

確かに、その通りだと思います。
例えば、論理的に正しいメールであっても、受け取った相手にとっては非常にストレスになる場合があります。
また、
• そもそも、その発言を求められているのか
• 自分にその発言をする権限があるのか
• 自分の担当範囲なのか
• 相手の立場や感情をどう考えるべきか
といったことを無視して、「正しいのだから言うべきだ」と考えてしまえば、トラブルになることもあります。

しかし、私はこれを論理的思考力そのもののデメリットとは考えていません。
問題なのは、身につけた論理的思考力をどう使うかです。
論理的に考えられるようになったうえで、
「今、これを言うべきなのか」
「どのように伝えれば相手に伝わるのか」
「相手の立場や感情をどう考慮すべきなのか」
まで考えることが大切なのだと思います。

そして、こうした「論理を社会の中でどう使うか」という感覚は、数学だけで身につくものではありません。
実際の人間関係や仕事、さまざまな社会経験を通じて学んでいくものでもあります。

論理を捨てるのではなく、論理を適切に使う。
私は、それが大切なのだと考えています。


おわりに:だからこそ、数学を学ぶ意味がある


ここまで、論理的思考力を身につける意義について、私自身の仕事での経験をもとに考えてきました。
論理的思考力は、仕事を効率よく進めるためだけの能力ではありません。
口下手でも、自分の考えを整理して伝えることができる。
理不尽な状況に直面したとき、感情ではなく根拠をもって反論することができる。
要望を整理して、相手が動きやすい形で伝えることができる。
自分自身の判断を客観的にチェックすることができる。
そして、立場が弱いときでも、筋の通った意見を届けることができる。
こうした力は、社会人になってから突然身につけようと思っても、なかなか簡単ではありません。
だからこそ、私は子どもの頃から、算数や数学を通して「筋道を立てて考える経験」を積むことに大きな意味があると考えています。
数学では、
「この条件から何が言えるのか」
「なぜ、この答えになるのか」
「この考え方に矛盾はないか」
といったことを繰り返し考えます。
それは単にテストで点数を取るためだけの訓練ではありません。
物事を整理し、自分の考えを組み立て、筋道を立てて説明するための基礎的なトレーニングにもなるのです。

数学の教材というと、「数学の成績を上げるためのもの」と考えられることが多いと思います。

もちろん、それも大切です。
しかし私は、それだけではないと思っています。

数学を学ぶことで身につけた「考える力」が、将来、仕事や社会生活の中で自分の考えを守り、相手に届け、より良い判断をするための土台になる。

だからこそ私は、算数・数学を「答えを出すためだけの教科」ではなく、「考える力を鍛えるためのトレーニング」として捉えています。

そうした思いから、私は現在、算数・数学の教材を作りながら、数学で身につけた力が実社会でどのように役立つのかについても発信しています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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