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Twitterホロコースト否定論への反論(20):ラーソンのデマ

目次
1.アウシュビッツのプレートの修正
2.切り離されたクレマⅠの煙突?
3.窓付きガス室のドアがペラペラ?
4.ロイヒターレポート
5.イギリス政府による嘘の疑惑
6.最初のホロコーストの流言
7.アウシュビッツのプール、病院など
8.Arbeit macht frei.
9.ワールド・アルマナックのデマ
10.赤十字統計のデマ
11.赤十字が死の収容所を視察?
12.チャーチル、アイゼンハワー、ドゴールの回想録には書かれていないガス室?
13.エリー・ヴィーゼルはガス室について言及しなかったのか?
14.エリー・ヴィーゼルは偽者?
15.より多くのヴィーゼルもの
16.アウシュビッツの暗号解読
17.生存者はガス室を見たり聞いたりしなかったのか?
18.アンネ・フランクの日記
19.ラッシニエはアウシュビッツのガス室を否定した。それともティース・クリストファーセンか?
20.ラーソンのデマ
21.偽物、信用できない、間違った目撃者
22.ガス室の壁に引っ掻き傷?
23.ダッハウのガス室、ブロシャートの手紙
24.生存者のリーバーマンとアウシュビッツのオーブン
25.ラシャウト文書
26.ホロコーストの偽写真?
27.科学がホロコーストを論破?
28.ブリタニカでガス室についての言及はないのか?
29.リストジェフスキー先生?サイモン・ウィーゼンタールのノルマ?
30.アウシュビッツでは小さな子供や人は仕事に不向き?
31.ユダヤ人はホロコーストについて嘘をつくのか?
32.確定した死亡者数?
33.ヒルバーグと有名な証人は、ツィンデル裁判で嘘つき、詐欺師であることを示したのか?
34.シンドラーのリストはフィクションの話?
35.ブルーノ・バウムはアウシュビッツで偽のプロパガンダが作られたことを認めたのか?
36.変わり続ける収容所の死の犠牲者数?
37.ソ連だけが見つけた死の収容所?
38.リックのホロコースト否定
39. 6桁の刺青でも被害者は600万人?

▼翻訳開始▼

20.ラーソンのデマ

否定論の主張

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ツイート:20以上の収容所で何千もの検死を行い、結論を出した。「チフスと大量餓死による死。毒ガスで死んだ者はいない」
画像内:アシュケナージ・ガス室のおとぎ話を信じている人なら誰でも。
ニュルンベルク裁判に提出されなかった科学的証拠がここにある。それは、(良い戦争)としての同盟国の訴追を破壊し、民族の大量殺害と大量虐殺の責任を同盟国陣営に押し付けるものだったからだ。
チャールズ・P・ラーソン医師
1945年にアメリカ陸軍法務総監部に配属されたアメリカを代表する法医学病理学者の一人。米国の戦争犯罪調査団の一員として、ダッハウや他の20のドイツ軍収容所で検死を行い、多い日には100体以上の死体を調べた。
解放された収容所での検死では、毒ガスによる死亡の証拠はなく、チフスと大量餓死による死亡であると結論づけた。

簡単な反論: ガス処刑された人々の死体の大半は焼却されたので、そのような検死はあまり期待できない。 ラーソンは、とにかく絶滅収容所には行かなかった。

更なるコメント:ラーソンは実際、死因がガスであることを示唆する検死結果もあった。その著書『犯罪医師』の中で、彼はこう主張している

建物の外では、看守が青酸カリのペレットを投下した。そして、青酸ガスを吹き飛ばし、隣の火葬場の炉に死体を運び出すのである。本当に精神病の囚人や手に負えない、ゲシュタポに言わせれば救いようのない囚人のほとんどは、このような目に遭っていたと思う。しかし、私の考えでは、ダッハウで私が個人的に調査した囚人のうち、このようなやり方で殺されたのは、比較的少数であった。

ダッハウでのガス処刑が合理的な疑いを超えて立証されていないだけに、なおさら不思議である。いずれにせよ、ラ-ソンはそのような検死報告書を引用していない。1980年、彼はウィチタ・イーグル誌の取材(註:このリンクにある動画はアカウントが削除されていて視聴できません)を受けたようだ。

ラーソンによると、彼が従軍した南ドイツでは、ガスや銃による死はまれであったとのことだ。毒殺のケースは一度も発見されていないという。

余談:否定派のオキーフは、これを「毒ガスのケースが一度も発見されていないという」と誤引用した

こちらのCODOHスレッドも参照)

したがって、ラーソンはガス処刑を否定していたわけではないことがわかる。いずれにせよ、ラーソンは、アウシュヴィッツやトレブリンカのような絶滅収容所の犠牲者を調査したとは言っていないので、このラーソンの話はホロコーストの歴史性とは無関係である。

▲翻訳終了▲

要するに修正主義者は、どーしてもガス室・ガス処刑を否定したいのです。そしてユダヤ人がその数はともかくとして、多数死んだのはチフスに代表される疫病か餓死だと言いたいのです。そしてナチスドイツの罪を矮小化して、ホロコーストと喧伝されるほど実際には悪くなかった、としたいのです。この修正主義者の唱えるストーリーは一貫しています。

そこで、ガス殺死体を一体も発見しなかったとする、実際にナチスの強制収容所の囚人遺体を検死した医師の証言は修正主義者のストーリーにピタリマッチするので、貴重なのでしょう。

ラーソンというのは、こちらの本で扱われている人物です。

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米軍に同行して、収容所の死体を調べたそうですが、この本は、日本語訳もなく、ネットにもその内容が見当たらないため、どんな内容が書いてあるのかは知りません。しかし、上記記事中の引用もそうですが、リンク先も翻訳してみると、こう書いてあります。

大多数は、ある種の自然病か別の病気で死んだ。しかし、ダッハウで精神病になった囚人たちはどうなったのか? ゲシュタポは彼らに何をしたのか?火葬場に連れて行かれた。まず、火葬場の隣にある大きな窓のない建物に連れて行かれた。犠牲者は裸になってシャワーを浴びるように命令された。建物の外では、警備員が青酸カリを投下していた。そして青酸ガスを吹き飛ばして、隣の火葬場のオーブンに遺体を運び出す。これが、本当に精神病の囚人や、ゲシュタポが手に負えない、手に負えないと考えていた囚人や、ゲシュタポの考えでは無節操な囚人のほとんどに起こったことだと思う。しかし、私の考えでは、私が個人的にダッハウで診察した囚人のうち、このような方法で殺害されたのは比較的少数にすぎない。それでも、医療施設は全く不十分であった。絶望的な病に倒れ、死が迫っていたとき、そして弱って仕事も機能もできなくなったとき、シアン化物室に連れて行かれて処分された。ナチスはこれを「慈悲の殺人」と呼んでいた。実際には、ドイツ人は彼らを責任があると考え、絶滅することが答えだったのである。

(『犯罪医師』、マッカラム&ラーソン、p. 61. ISBN 0-916076-20-2;米国議会図書館のカタログ番号: 78-16403)

これのどこが「ラーソン博士はガス殺を否定している」のでしょうか。そういった日本人否定派がかつていたからですけどね。多分、欧米否認派のデマを信じたのでしょうけれど、例えばネットを探してみるとこんな嘘があります(追記:残念ながら2025年2月現在、以下の記述はネット検索では私のこの記事と5ちゃんねるのサイトにしかなく、西岡のサイトは引っかかってきません。西岡のサイトにあったはずなのですが、理由は不明です。しかし、以下の通り、西岡自身が記憶しており、間違いないと思います)。

連合軍に従軍し、西側の収容所で、ドイツの戦争犯罪を訴追する目的で多くの死体を解剖した唯一の法医学者チャールズ・ラーソンは、1980年に、何らかの毒ガスで殺された死体は実は一体も無かった事、しかし、その事実を口外してはならないと言はれて居た事をマスコミのインタビューで告白して居る。ラーソン博士に依れば、当時、ラーソン博士以外にこうした解剖をして居た法医学者、病理学者は一人も居なかったと言ふ。

さて、この文章にはソースは一切ありません。残念ながら、私は戦後の収容所現場での医学的な死体の鑑定がどのように行われたのかを存じてはおりませんが、ラーソン博士以外に鑑定を行なった人がいないというのは信じ難い話であります。膨大な人員を投入していた第二次世界大戦の欧州戦線で、そんなことがあり得るのでしょうか? 例の収容所解放時の様子を撮影したアメリカのプロパガンダ映画内では収容所遺体の検死をやっていた話も出てくるのですが、やはりあれはプロパガンダなので嘘なのでしょうか? しかも、ラーソン氏はどう読んでもガス殺があったであろうことは認めています。事実を口外してはならない、とは一体何の話なのでしょうか? 

この引用文が誰の書いたものなのかを知りたければ、文章でググってみてください。これを書いた人物には卑劣・愚劣・嘘つき、いくらでも酷い言葉は適用できると思われます。以上。

▼追記(2021.12.21)▼

上述した私自身の見解の訂正と、馬鹿馬鹿しいくらいの西岡の嘘を暴くために追記します。

たまたま、この記事にあるまだ自分では読んでいなかったリンクを翻訳していたら、ウィチタイーグルに載っていたというインタビュー記事が引用されていたので、以下に翻訳します。・・・とその前に、山崎カヲル氏による、西岡氏が書いたラーソンに関する記述に対する批判記事を一部引用します。

 ラーソンは西側の収容所しか調べていません。したがって、ドイツの東にあったアウシュヴィッツ等の巨大な絶滅収容所については、なにも語っていません。しかしダッハウで、少数ではあっても、彼が直接に検死した死者のうちに、青酸ガスで殺された人々がいたことは歴然としています。

私自身の見解の訂正にもなりますが、残念ながら、よく読むとそうは思えません。山崎氏は上で私が引用したマッカラムの本の部分をそう読んでいますが、その引用箇所をよく読んでも、ラーソンは青酸ガスで殺された遺体を検死したとは一言も書いていません。今では、ソ連が発見した収容所や殺戮現場でガス殺の遺体があったと報告するもの以外では、西側連合軍が占領した地域ではただの一体もガス殺の遺体があったとは確認されていません。ダッハウなら尚更です。ダッハウ収容所のガス殺は、ガス殺の実験があったとは推定できるものの、証明まではされていません。フランツ・ブラーハという名の囚人医師が、親衛隊医師であったジグムンド・ラッシャー医師の実験で数体のガス殺遺体を確認した、と裁判で証言しているだけなのです。ラーソンはおそらく、マッカラムのインタビューで、インタビュー当時の考えを述べたのであり、当時のことを思い出したわけではないのだろうと推測されます。


2025年2月追記:
以下のウィチタイーグルのテキストが公開されていたサイトのリンクが切れていたので、アーカイブに移し(その後、記事そのものが見つかったのでそちらに変更)、ついでに翻訳も修正しようと生成AIの一つGemini2.0 Flash Talking Experimentalというのを使ったら恐ろしいことに、上の私の推測とほとんど同じ回答を示してきたのでびっくりしました。その回答は以下です。(私は翻訳をお願いしただけで、そんな解説は求めていません。さらに、記事には「毒ガスが死因であることを示す検死結果がない」とも書いてありません。一体どうなってるんでしょうね?)

ご質問ありがとうございます。「毒ガスが死因であることを示す検死結果がない場合、どのようにして「ガスによる死が稀であった」と断定されたのか」という点についてですね。

記事の内容から考えられる理由としては、以下の点が挙げられます。

地理的な限定:ラーソン医師は特に「南ドイツ」における検死結果に基づいて語っています。記事中でも「南ドイツ、彼が勤務していた場所では、検死の結果、ガスや銃撃による死亡は稀であることが示された」と明記されています。つまり、彼の発言はすべての強制収容所全体ではなく、彼が担当した南ドイツの収容所における状況に限定されている可能性があります。他の地域や収容所では、ガスによる死亡がより多く発生していた可能性は否定できません。

相対的な稀少性:ラーソン医師は、収容所の主な死因は「劣悪な環境」による病死であると主張しています。彼が「ガスによる死が稀」と述べているのは、この「環境による死」と比較して、ガスによる死が相対的に少なかったという意味合いであると考えられます。検死でガス死が確認されなかったとしても、他の原因(病気、飢餓など)による死亡が圧倒的に多かったため、「ガス死は稀」という表現を用いた可能性があります。

検死の限界:検死技術にも限界があり、時間が経過した遺体や、大量の犠牲者がいた状況下では、ガスによる死を特定することが困難であった可能性も考えられます。しかし、記事中ではこの点については触れられていません。

総合的に考えると、ラーソン医師が「ガスによる死が稀」と述べた根拠は、彼が担当した南ドイツの収容所における検死結果、特に「環境要因による死」が圧倒的に多かったという事実に基づいていると考えられます。ただし、彼の発言は地理的な限定があること、そして「稀」という表現は相対的な意味合いである可能性を考慮する必要があります。

そう、山崎氏の考え方は誤りであり、ラーソンはガス殺死体なんて一体も見てないのです。それなのに「稀だ」と答えたのです。でも、山崎氏の読み方もあり得なくもないことは言っておかねばなりません(しかし事実としてラーソンがガス殺遺体を発見できた訳がありませんし、発見してたらそのことをもっと強調して証言したはずです)。ともかく、聞いてもいないことをこのように私自身の考えに一致するように回答してきたので、「お前は何者だ?」と思ってしまいました😅


さて、山崎氏の記事中ではウィチタ・イーグルの記事が不明だったようですが、以下にこちらから孫引き引用します。←以前はそうしていたのですが、2025年2月、遂にウィチタイーグルの当該記事それ自体をhttps://www.newspapers.com/というサイトから発見したので、そちらから直接、記事全文を紹介します。今時本当にいろんな資料がネットで得ることができるようになっているのですね。なお、以下の記事画像のタイトル部分が黄色くなっているのは、その検索ワードでサイトから検索したからです。ちなみに有料サイトですが、最初の一週間だけ無料なので、契約して記事を入手し即契約解除しました。(笑)

4C                THE WICHITA EAGLE              Tuesday, April 1, 1980

Concentration Camp Conditions Killed Most Inmates, Doctor Says

          By JANE FLOERCHINGER
          Staff Writer

    Dr. Charles Larson followed Gen. George Patton's troops into southern Germany at the end of World War II In the following months, he conducted autopsies on as many as 100 concen tration camp victims from mass graves in a single day.
    The Tacoma, Wash, physician, who in his post-war career came to be called the "Crime Doctor" because of his medical detective work, was in Wichita Monday for a dedication cer emony of a crime archive exhibit named after him at Wichita State University.
    Larson has talked little publicly about the war experience. One reason for his silence has been that his au-topsy findings conflicted with the widely held belief that most Jews in Nazi camps were exterminated by gassing, shooting or poisoning
    "What we've heard is that 6 million Jews were exterminated. Part of that is a hoax," Larson said.
    There were mass murders in con-centration camps as Germany fell in an attempt to cover up atrocities, but most inmates died as a result of con ditions in the camps, he said.
    When the war ended, Larson served as a forensic pathologist investigating Nazi war crimes s for the Judge Advo cate General's Office. He was the first pathologist to enter Dachau, only hours after German troops surren dered. His investigations took him to more than 20 camps.
    Larson said in an interview Monday that certainly hundreds of thousands. even millions of Jews died at the hands of the Nazis. But most died as a result of the conditions to which they were subjected rather than mass ex-terminations.
    "They worked these people to death," he said Fed on potato peel-ings, inadequately clothed and packed into shacks, they died of every known disease, he said. "In one camp. 90 percent died of tuberculosis. It went from shack to shack."
    Larson said that in southern Ger many, where he served, autopsies showed that death by gassing and shooting were rare. Never was a case of poisoning uncovered, he said.
    Those who were exterminated, he said, tended to be those who could not work, the terminally ill and the men-tally ill.
    Dachau did employ gas chambers, he said, but their existence was among the most closely guarded se crets in Germany. People within 5 kilometers of the camps didn't know about them, Larson said. With the walls, barbed wire, dogs and armed guards, people didn't escape to tell of them
    "I think that they (the German people) were more appalled than any body," he said. "That's not excusing the German public. They supported Hitler and stood by him"
    Larson's appearance at WSU Mon day was for dedication of the Charles P. Larson Archives of American Crimes and Forensic Problems at the Milton Helpern International Center for the Forensic Sciences.
    The records document hundreds of major American crimes, including the murders of 33 young men by John Wayne Gacy and the murder of ac tress Sharon Tate by the Charles Manson "Family"
    The collection consists of books, re ports, newspaper accounts, pictures, audiotapes and videotapes of crimes and disasters that have occurred since colonial times.
    Larson is scheduled to speak tonight to the Sedgwick County Medical Soci ety on his experiences as a Nazi war crimes investigator.

<以下日本語訳>

4C ウィチタ・イーグル 1980年4月1日(火)

収容所の環境がほとんどの収容者を死に至らしめた、と医師が語る
著ジェーン・フロアチンガー
スタッフライター


 第二次世界大戦の終結時に、チャールズ・ラーソン博士はジョージ・パットン将軍の部隊と共に南ドイツに入った。その後数か月にわたり、彼は1日に最大100体の収容所犠牲者の遺体を大量埋葬地から掘り出し、検死を行った。
 ワシントン州タコマの医師であるラーソン博士は、戦後のキャリアで「犯罪医」と呼ばれるようになった。その理由は、彼の医療探偵としての仕事にあった。彼は月曜日、ウィチタ州立大学で開催された、彼の名を冠した犯罪資料展示の記念式典に出席するため、ウィチタを訪れた。
 ラーソン博士は、戦争体験について公に語ることはほとんどなかった。その理由の一つは、彼の検死結果が、ナチス収容所のユダヤ人の大多数がガス処刑、銃殺、または毒殺によって絶滅されたという広く信じられている説と矛盾していたためである。
 「私たちが聞かされてきたのは、600万人のユダヤ人が絶滅されたということです。その一部はでっち上げです」とラーソン博士は語った。
 ドイツが崩壊する中、収容所では残虐行為を隠蔽するために大量殺戮が行われたが、ほとんどの収容者は収容所の環境が原因で死亡したと彼は述べた。
 戦争終結後、ラーソン博士は法医学病理学者として、ナチスの戦争犯罪を調査するために軍法務局に勤務した。彼はダッハウにドイツ軍が降伏してからわずか数時間後に到着した最初の病理学者だった。彼の調査は20以上の収容所に及んだ。
 ラーソン博士は月曜日のインタビューで、確かに数十万、あるいは数百万のユダヤ人がナチスの手によって死亡したが、大多数は大量絶滅ではなく、彼らが置かれた環境が原因で死亡したと語った。
 「彼らはこれらの人々を働かせて死に至らしめた」と彼は語った。ジャガイモの皮だけを与えられ、十分な衣服もなく、粗末な小屋に詰め込まれた彼らは、あらゆる既知の病気で死亡した。「ある収容所では、90%が結核で亡くなりました。それは小屋から小屋へと広がりました」と彼は説明した。
 ラーソン博士によると、彼が勤務した南ドイツでは、検死の結果、ガス処刑や銃殺による死亡は稀だった。毒殺の事例は一度も発見されなかったという。
 絶滅されたのは、働くことができない人々、末期患者、そして精神疾患を患った人々だったと彼は語った。
 ダッハウにはガス室が存在したが、その存在はドイツで最も厳重に守られた秘密の一つだったと彼は述べた。収容所から5キロメートル以内に住む人々でさえ、その存在を知らなかった。壁、有刺鉄線、犬、武装した警備員により、誰も脱走してそのことを語ることはできなかった。
 「私は、ドイツ国民は誰よりも驚いたと思います」と彼は語った。「それはドイツ国民を弁明するものではありません。彼らはヒトラーを支持し、彼に従いました」
 ラーソン博士は月曜日、ウィチタ州立大学のミルトン・ヘルパーン国際法科学センターで開催された「チャールズ・P・ラーソン アメリカ犯罪と法医学問題アーカイブ」の記念式典に出席した。
 この記録は、ジョン・ウェイン・ゲイシーによる33人の若い男性の殺害や、チャールズ・マンソンの「家族」による女優シャロン・テートの殺害を含む、数百件の主要なアメリカの犯罪を文書化している。
 このコレクションは、植民地時代以来の犯罪や災害に関する書籍、報告書、新聞記事、写真、オーディオテープ、ビデオテープで構成されている。
 ラーソン博士は、今夜、セジウィック郡医師会で、ナチス戦争犯罪調査官としての経験について講演する予定である。

強調した部分のうち最初の部分については後述するとして、2番目の強調部分の文章は若干読解に困る文章になってます。「Never was a case of poisoning uncovered(毒殺の事例は一度も発見されなかった)」なのに、「autopsies showed that death by gassing and shooting were rare.(検死の結果、ガス処刑や銃殺による死亡は稀だった)」なのです。「毒殺のケースは一度も発見されなかった」のに、なぜ「稀」だと語っているのか、よくわかりません。しかしながら、様々な情報を考慮すると、ラーソンは、ガス殺遺体を一体も発見していないと思われます。彼は単に、自分が検死した死体の全てが病死体や餓死遺体だけであり、ガス処刑遺体を一体も見なかったけれど、彼はたくさんの死体のうちの一部しか検死していないことを分かっていたので、ガス処刑遺体があったとしても僅かだろう、という意味で語っているように思われます。

さて私が注目する問題はそこではありません。西岡は私が引用した部分で、

しかし、その事実を口外してはならないと言はれて居た事をマスコミのインタビューで告白して居る

などと書いていますが、これが該当する記事はウィチタイーグルのこの記事しかないはずなので、そこには

ラーソン博士は、戦争体験について公に語ることはほとんどなかった。その理由の一つは、彼の検死結果が、ナチス収容所のユダヤ人の大多数がガス処刑、銃殺、または毒殺によって絶滅されたという広く信じられている説と矛盾していたためである。

としか書いておらず、西岡はデタラメ・完全な嘘を書いていることがわかるわけです。その意図は、「連合国の陰謀」を匂わせるためだろうと推測されます。ともかく、西岡はウィチタイーグルの記事など全く読んでないのです。

確かに、戦後しばらくの間、世間に広く流布していたであろうホロコーストの実態は、「ナチスの強制収容所ではユダヤ人絶滅が行われていた」のように一般化されていたようであり、またアメリカはナチスの強制収容所を開放直後に撮影した映像をまとめてプロパガンダ映画のようにして広く公開しており、その中にはあるはずのないガス殺遺体の発見話もあったのです。それが嘘なのか誤解なのかは判明しませんが、いずれにせよ確かに誤った情報でした。それらの誤った情報が今でも消えていない現実があるのですが、それはいいとして、ラーソンも似たような世間的情報に接していたので、自身が検死した状況との違和感を感じていたので、インタビューのような発言になったのだと思われます。実際にはホロコースト、すなわちユダヤ人絶滅が行われたのはアウシュヴィッツやラインハルト収容所、ソ連などであり、西側は調査出来なかった箇所だったのです。

しかしここではそんなことはどうでもいいのです。明らかな西岡の嘘をどう思われますか? 山崎氏が当該記事を書いた当時にウィチタイーグルの記事を知っていたら、さらに呆れ返ったに違いありません。


2025年2月12日追記:

西岡氏は私にX上で返事をしましたが、以下のようにさらに嘘を重ねたので私は呆れ返ってしまい、西岡氏とは金輪際やり取りするつもりはありません。彼は単なる嘘つきです。削除されるとわからなくなるので画像で。

よくもまぁぬけぬけとこんな嘘を言えたものです。

追記;こちらの話の続きは以下で。


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