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白銀の谷に舞う花笠と、夜灯の温もり

あなたの次の旅が、
素晴らしい思い出に
満ちたものになりますように...。


思いがけない出会いと、
ふとした瞬間に心が解き放たれた、
忘れられない旅の記憶を辿ってみました。



……ねえ…、本当にこの道で合ってるの……?


楽しみにしていた、
久しぶりの小旅行。


……快晴の予報だったはずなのに………。


意気揚々と家を出た途端に、
…ポツリ…ポツリ…と、
冷たい雨粒。


見上げた雲の鉛色は、
どんどん濃くなって、
フロントガラスは徐々に
大粒の雨に覆われていきます。



……どうして今日に限って……………


そんなため息をつくそばで、


……なぜか……、


カーナビのルートは、
どんどん細い山道へと
私たちを誘い込んでいました。




…舗装すらされていない…薄暗い山道……。




Uターンして戻ろうと、
ハンドルを切った
その瞬間……………、




ゴツン!




鈍い音とともに、
車のタイヤが、
太い木の枝に
乗り上げてしまいます。


車は大きく揺れ、
後ろの方からバサっと、
荷物の崩れ落ちる音が。



……嫌な予感………



車を停めて、
後部座席のカバンを開けると、
そこには、目を覆いたくなるような
惨状が広がっていました………。


フタをしっかりと閉めたはずの
シャンプーや化粧水が、
信じられないほど見事に
中身をぶちまけていたんです。


お気に入りのポーチは、
化粧水でぐっしょり濡れ、
車内には、場違いなほど、
フローラルな香りが……。


これから向かう目的地の話で
盛り上がるはずだったのに………


…旅の始まりの高揚感は、
…すっかりと………、
冷たい雨音のなかに、
埋もれてしまったようでした……。



⑴ 澄みきったスープと、丸いお腹



重苦しい空気のまま、
途中の山形市で、
お昼ご飯をとることに……。


立ち寄ったのは、
地元の人たちで
賑わうお蕎麦屋さん。


名物という郷土料理の、
「冷たい肉そば」を注文して、
向かい合って座っても、
…言葉数は少ないまま…。



……するとそこに………、



暖簾をくぐって、
運ばれてきた器。


のぞき込むと、
器の奥まで透き通った、
きれいな琥珀色の出汁……。


レンゲでひとくち、
冷たいスープをすすると、
鶏のまろやかな旨みと、
角のないやさしい甘みが、
じんわりと口のなかに
広がっていきます……。


…冷たいお蕎麦なのに、
なぜか胃の奥が温まるような、
不思議な感覚……。


淡麗ですっきりとした
その味わいに、
無言のまま何度も
スープをすくってしまいます。


そしてふと……、
テーブルの隅を見ると、
「そば菓子」という、
見慣れないお菓子が。


お蕎麦をカリカリに揚げた、
かりん糖のようなお菓子…


その素朴で飾り気のない甘さを…、
…ひとくち…またひとくち…と、
味わっているうちに、
少しずつ…自然な会話へと
包み込まれていくのを感じていました…。


帰り際に、お店の前に立つ
タヌキの「ぽん吉」くんが、
愛嬌たっぷりの丸いお腹で
私たちを見送ってくれます。



……まあ、そんなに急がなくても、
…………いいんじゃないかな…………………。



……なんだか……、
そう言われているような気がして、
もとの笑顔に戻っていたんです。


⑵ 大正の面影と、赤いポストの隠れ家


山形を後にして、
車を走らせること数時間。


銀山川の澄んだせせらぎと、
遠くから響く水しぶきの音が、
少しずつ近づいてきます。


車を降りて歩き出すと、
そこには、息を呑む
光景が広がっていました。


川の両岸に並ぶのは、
美しく時を重ねた
木造の旅館たち。


木肌の深い色合いと、
格子戸から漏れる
柔らかな光を浴びた姿は、
大正時代の面影そのもの。




……旅の目的地、銀山温泉です……。




漆喰の壁に描かれた、
色鮮やかなこて絵を
ぼんやり眺めながら、
タイルに刻まれた
雪の結晶をたどって、
ゆっくりと温泉街を歩きます。


そんなお散歩の途中で、
ふと目にとまったのは、
昔ながらの赤い郵便ポスト。


その隣に静かに佇む喫茶店。
「酒茶房クリエ」さんです。


扉を開けると、
外の空気から一転、
木のやさしい匂いと
あたたかな照明が
全身を包み込んでくれます。


梨の木のカウンター……

手作りのテーブル……

アンティークの椅子……


窓際の席から眺める
銀山温泉の景色は、
まるで1枚の絵画のよう……。


ここは温泉街で
唯一のバーでもあり、
洋酒の品揃えも
随一とのこと。


冷えた両手で
マグカップを包み、
名物の焼きココアを
ひとくち……。


ふんわり焦げた
マシュマロの甘さと、
濃厚なカカオの香り…。


このレトロな空間には……、
時代の面影を残す風景とともに、
ゆっくりとした
時計の針が動いている……。


そこは、忘れかけていた時が今も流れる…
とっておきの、秘密の隠れ家でした。


⑶ 白銀の滝と、ほどけていく身体


喫茶店の居心地の良さに
後ろ髪を引かれながら、
わたしたちは温泉街の
いちばん奥へと向かいます。


木々に囲まれた
小さな小道を
抜けると……、


…ふっと…視界が開けて…、
目の前に「白銀の滝」が、
豪快な姿をあらわします。


約22メートルという、
見上げるような高さ……。


そこから幾筋もの水の、
力強く豪快に流れ落ちる音が、
静かな山あいに……、
ドォーッと響き渡っています。


ほんのり冷たい水しぶき。
大きく息を吸うと、
胸いっぱいに、深い緑の匂い。


さっきまで歩いていた
温泉街の穏やかさとは
まったく違った、
圧倒的で力強い自然の息吹。


…かつて銀の採掘で
栄えた荒々しい歴史と、
今の静かな温泉街という…、
……ふたつの顔…………。


…ここに立っていると…、
朝から抱えていた
小さな失敗や苛立ちが、
滝の音とともに、
遠くへ洗い流されて、


…胸の奥が……、
すーっと澄み渡っていく。
そんな確かな手触りを
感じていました。


少し…歩き疲れたわたしたちは、
川べりにある足湯に
並んで腰を下ろして、
そっと足をお湯に入れます。


源泉そのままの、
じんわりとした温かさが、
冷えた足先から、
…ゆっくりと……、
身体をほどいてくれました…。


⑷ 坂の上の静寂と、湯気に透ける星


賑やかな中心街から、
ゆるやかな坂道を
登りきった先に、
ひっそりと佇む、
隠れ家のようなお宿。


そこには、深い緑と、
澄み切った空気。


お部屋の窓を閉めて、
静かに座ってみると、
白銀の滝の水音だけが、
心地よい子守唄のように
かすかに聞こえてきます…。


荷物を置いて向かったのは、
展望露天風呂。
扉を開けて外に出た瞬間、
思わず息を呑んでしまいます…。


目の前に広がっていたのは、
迫力満点の滝を上から見下ろす、
……一面の大パノラマ…………。


そして、
ほんのり硫黄の香りが漂う、
無色透明のやさしいお湯。


肩までゆっくり浸かると、
お肌はしっとり潤い、
体の芯からじんわりとした
温もりが広がっていきます。


昼間は手に届きそうなほど
鮮やかな木々の緑を、
夜にはこぼれ落ちそうな
満天の星空を、
独り占めできる空間。


都会の喧騒も、
日々の悩みも、
ここでは遠い、
別世界の出来事のようです。


そして………………、
湯上がり後の、
待ちに待った夕食の時間。


食前酒の山ぶどう酒は、
ひとくち飲むと、
もっと欲しくなってしまうほど、
すっきりとした甘酸っぱさ。


美しく丁寧に
盛り付けられた八寸に、
脂の乗ったお造り。


そして…、
山形といえば外せない、
ホクホクとした里芋と、
山の幸の旨みが溶け合った芋煮。


綺麗にサシの入った山形牛は、
口のなかに入れた瞬間から、
ふわっと上品な脂の甘みを残して、
舌の上で静かにとろけていきました…。


そして、食事の終盤。
満を持して登場したのは、
このお宿の主役ともいえる
名物「手打ち蕎麦」です。


尾花沢産の蕎麦粉を使って、
毎日職人さんが打つお蕎麦。
ツルっとしたなめらかな喉越しと、
しっかりとしたコシ。


ひとくち啜った瞬間に、
豊かな蕎麦の香りと甘みが、
ふわぁ〜っと鼻を抜けていきます。


…お蕎麦そのものの力強さに…、
ただただ無言で箸を進めていました。


…この味に出会うために、
あんなトラブル続きの
道のりがあったのかもしれない…。


そう思えるほどの一杯に、
お腹も心も、これ以上ないほどに
満たされていました…。


⑸ 軽やかな音色と、赤い花笠が舞う夜


すっかりと日は落ちて、
白銀の谷が凛とした
空気に包まれる頃…。


お宿のシャトルバスに乗って、
夜の温泉街へと向かいます。


………今日は雨も上がって、
かえって良い天気になりましたねぇ………。


運転手さんのほっこりと
楽しいお話を聞きながら
揺られること数分……。


車を降りると………、
そこはもう………、


大正浪漫の扉が開いたような、
ノスタルジアそのものが
目の前に広がっていました……。


……等間隔に並ぶ……、
オレンジ色のガス灯が、
川面をゆらゆらと照らす中、
幾重にも続く橋が、夜闇の中に
ふわりと浮かび上がっています。


……銀山温泉の夜は………、
宿泊客だけが思い思いの
浴衣姿で歩く、静かな時間。


♪カラン♪コロン♪…
…♪カラン♪コロン♪


響く下駄の音が、
夜の空気へ溶けていき、
月明りも微笑んでいるように
感じられました。


……あっ、はじまるみたいだよ………


家族の声に目を向けると、
橋の上から、威勢のいい掛け声。
地元の方々による、花笠踊りです。


……ソレヤッショ、………
…………マカショ、………。


赤い花をあしらった笠が、
夜風を切って、勢いよく、
鮮やかにクルクルと回ります。


軽やかに踊る姿と、
ガス灯のやわらかな光に照らされ、
見守る観客の穏やかな笑顔。


……500年という………………
…途方もない時間を超えて…、


この小さな谷あいの街は、
訪れる人の日々の疲れや、
すり減った心を、
こうしてぽかぽかと、
温め続けてきたのでしょう………。


……冷え切った感情さえも、
この街の空気がすべて包み、
……帳消しにしてくれる………。


……銀山温泉は………、
そんないつかの私の失敗を、
……静かに笑って…………、
許してくれたような気がします。


失敗さえ愛おしい、旅の余白


……予定通りにいかないこと……。


…家を出た時の雨…………


…カーナビの気まぐれ…………


そして、カバンの中の小さな悲劇…。


思い返せば、予定通りに
いかないことばかりの
始まりでした。


……でも……もし………、
あのトラブルがなければ、


…冷たいお蕎麦のスープに
これほど感動することも…、


…足湯の温かさに
心から安堵の息を漏らすことも…、


…夜灯に舞う花笠に……
これほど胸を打たれることも、
なかったのかもしれません。


予定外の出来事にあった時、


それを「失敗」と呼ぶか…、


………それとも…………、


「特別なスパイス」と受け取るか…。


ほんの少し視点を変えるだけで、
目の前の景色は驚くほど、
優しく鮮やかに色づき始めます。


……もし……、あなたが今……、
日常の忙しさや思い通りにいかない
毎日に少しだけ疲れているなら………。


カバンの中に少しの荷物と、
たくさんの「余白」を詰め込んで、
ふらりと旅に出てみませんか。


完璧なスケジュールを手放して、
足元のタイルの模様を味わい、
川のせせらぎに耳を傾けてみる。


夜風がゆらめく温泉街で見つけた、
あのガス灯のあたたかさのように…。


思い通りにいかない日々を、
そっと労うやさしい時間が、
あなたを待っています。


カバンの中身の
フタだけはしっかりと締めて、
どうぞ良い旅を♪



ここまで読んでいただいて、
本当にありがとうございました。


この旅だけでなく、
素敵なフォロワー皆さま方の、
出会いと物語、そこには、
また違う旅の情景が広がっています。
ぜひ、こちらの扉も開けてみてくださいね♪


ふあふあころねさん
出会いや別れ、終わりさえも
穏やかなご縁の巡りとして受け止める
静かな強さを教えてくださいます。


コニシ木の子さん
言葉の引力に巻き込まれ、
気が付くと、創作の渦で心地よく泳いでいる。
そんな路地裏の素敵な時間が流れます。


ルルトアヤコさん
端折られた言葉の熱と、明るい笑い声。
遺した愛の温度を優しく抱きしめる物語です。


ゆらさん
誰かと同じでなくてもいい。
それぞれが持つ時間の尊さに
やさしい眼差しを注ぐ、
たった一本の、光のお話です。


ゆずさん
無理だと決めつけず、静かに待つ。
信じ抜いたからこそ生まれた、
小さな一歩の尊さを教えてくださいます。


ゆうラボさん
読めば、張り詰めた肩の力が
ふっと抜けるはず。溜まった焦りを
静かにほどく、心の休息のお話です。


森月美詠さん
見知らぬ景色と何気ない優しさが、
心の色と温度を、
静かに呼び起こしていく物語です。


Red33さん
聴き馴染んだ旋律が、
まったく違う表情を見せる瞬間。
新たな出会いの素敵な時間が流れます♪


金曜夜のハンバーガーさん
予想外のトラブルが家族の絆を温め、
大切な思い出になってゆく物語です。
教訓ポイントをまとめてくださるのも、
とてもわかりやすくて楽しいです♪


IRISさん
こぼれ落ちる砂を両手ですくい上げるように、
誰もが安心して着地できる場所が
あることの希望を教えてくださいます。



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