LIRE CINÉMA #03『人生はビギナーズ』を観返して、思い出したこと。
ある街、ある記憶
彼が住んでいた街を歩くたび、思い出す人がいる。
恋人にはならなかった。いや、なれなかったが正しいかもしれない。
それでも、人生で一番強く惹かれた人だった。
初めて転職を考えたあの頃。
映画業界へ行きたくて、SNS経由で話を聞かせてもらう約束をして。
待ち合わせた喫茶店で彼を見た瞬間、一目惚れだった。
映画の話、社会人としての経験談、学生時代に学んでいたことについて。
不思議なくらい共通点が多い、そんな錯覚に襲われて、運命では?と思わずにはいられなかった。
私より年上の彼は当時の私が知らない世界を、当たり前のように知っていた。
その日に教えてもらった映画、それこそまさに『人生はビギナーズ』だった。
ライオンかキリンか論争
『人生はビギナーズ』
2012年公開のアメリカ映画。マイク・ミルズ監督作。
ユアン・マクレガー主演、助演のクリストファー・プラマーは本作でアカデミー賞、ゴールデングローブ賞共に助演男優賞を獲得している。
『人生はビギナーズ』は、余命わずかな父と、その息子を描いた作品だ。
75歳で初めてゲイであることを公表し、「残りの人生は愛に生きる」と決めた父。
一方で息子は、恋愛に踏み込むことを恐れ、相手を愛しながらも自ら関係を壊してしまう。
静かな作品だけれど、不思議とずっと心に残る。
なかでも印象的だったのが、父が息子に語るこんな言葉だった。
父は息子に問いかける。
You always dreamed of someday getting a lion, and you wait. And the lion doesn't come. Then along comes a giraffe. You can be alone, or you can be with the giraffe.
「ライオンを手に入れたいと夢見ていて、どんなに待ってもライオンが現れないとする。そんな時にキリンがやってくる。一人でいるか、キリンと一緒になるか。」
息子は答える。
I'd wait for the lion.
「僕は、ライオンを待ち続けるよ」
映画を観たあと、彼にも同じ質問をされた。
「neneさんならどうする?」
どう答えるのが正解なのかわからなくて、好きという感情が漏れ出ないように必死に装いながら、
「その時々かな。色々試してみたいかな~。」
なんて答えた。
大人ぶったつもりに見えて、今思えば、照れ隠しだったように思う。
あの頃の私は、恋より「成長」することに夢中だった
当時の私は、この問いを「恋愛観の話」だと思っていた。
ライオンは理想の相手。
キリンは理想ではないけれど、自分を好いてくれる、どう考えたって幸せになれる相手。
よくある恋愛ものにありがちな翻弄されながらも結ばれる本命タイプと当て馬タイプ。
物語の世界では前者の、すなわちライオンを選ぶのがセオリーとされているが、現実世界ではそうもいかない。
そんなときにどちらを選ぶタイプなのか。
そんな話だと思っていた。
でも、何年も経った今、ふと思い返してみると。
実は私が印象に残ったと思っていたのは、ライオンとキリンに関するこのセリフではなく、彼が見せてくれた世界だったのではないかと気づかされる。
世界を広げることが目的になっていた当時
当時の私は、とにかく世界を広げたかった。
何者にもなりきれない自分がどうしてもいやで、何かを成し遂げたくて、そのためにとにかく必死で。
知らない映画を観て。
知らない街へ行って。
知らない仕事に飛び込んで。
知らない価値観に触れて。
「もっと成長しなきゃ。」
「もっとアップデートしなきゃ。」
そんなことばかり考えていた。
だから、自分の知らない世界を持っている人を見ると、それだけで魅力的に映った。
今思えば、私はその人自身というより、その人といることで見える景色や、その人が連れて行ってくれる世界、その体験丸ごとに、恋をしていたのかもしれない。
あの頃の彼は、私にとって「世界を広げてくれる人」の象徴だった。
自分の価値観の変化
数年経って、彼と再会した。
驚くほど、見え方が変わっていた。
あんなに大人に見えていた彼が、思っていたよりずっと普通の人だった。
もちろん、彼が変わったわけではない。
私の方が、あの頃より少しだけ世界を知って、違う価値観にたくさん触れる経験をしたのだ。
彼は彼で独特の、彼固有の愛している世界があり、その世界を大事に暮らしていた。
なにか刺激を与えるというよりは、自分の世界を守る生活を送っており、私とはむしろ真逆の価値観の中にいるように感じられた。
そして、そのときようやく気づいた。
私は彼に恋をしていたというより、「もっと広い世界へ行きたい」と焦っていた自分に突き動かされていたのかもしれない、と。
新しいことに挑戦することももちろん大切で、素敵なこと。
ただし、挑戦すること、それ自体が目的になってしまった瞬間、目の前にある幸せを見落としてしまう。
人は、常に何かを学び続けなければ価値がないわけじゃない。
毎日新しい挑戦をしていなくてもいい。
自分をアップデートし続けなくてもいい。
疲れた日は休んで、
好きな人と笑って、
美味しいものを食べて、
「今日も楽しかったね」と言える。
「あ~今日の私、ちゃんと人間できていたな~」
そう思えるそんな一日の方が、人生をずっと豊かにしてくれることもある。
『人生はビギナーズ』が教えてくれたこと
『人生はビギナーズ』を観返すたびに思う。
映画は何も変わっていなかった。
変わったのは、それを観ている私だった。
あの頃の私は、「何者かになりたい」と焦っていた。
だから、自分を知らない世界へ連れて行ってくれる人に惹かれた。
今は違う。
その人自身を好きでいられること。
その人といる自分も好きでいられること。
何かを成し遂げなくても、「今日も楽しかったね」と一日を終えられること。
昔の私なら、そんな毎日を少し退屈だと思っていたかもしれない。
でも今は、その穏やかさこそが、案外いちばん贅沢なのかもしれないと思う。
LIRE
読むとは、
本を読むことではない。
世界を読むことだ。
あなたは、この物語をどう読みますか。
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