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"天孫降臨の地"高千穂で御朱印巡り!宮崎リアルガチ聖地巡礼旅【高千穂・臼杵】

宮崎県でも高い知名度を誇る観光名所・高千穂
九州旅行の三日目の目的地だ。
高千穂峡でのボート乗船などもやってみたかったが、残念ながら二週間前からの予約を失念しており枠が埋まってしまっていた
早い段階で予約を取る私だが、一ヶ月などではなく二週間という単位だと逆に忘れてしまう。

ボートは断念し、代わりに高千穂あまてらす鉄道天岩戸神社などへの参拝を企図して宮崎市のホテルを出発したのだった。

二日目、都井岬で野生の馬を見に行った記事↓

初日、フェリーで愛媛から大分へ渡ってきた時の記事↓


宮交シティ

私らは青島のホテルから来た

今回の旅はショッピングセンターマニアと行く旅でもある。
そんな彼が行きたがっていたのが、宮崎市内にある宮交シティという商業施設だ。
詳細を語れるほど知識はないので彼の記事に任せるが、外観でも分かるほどレトロな商業施設だ。

マニアの記事
⬇️

しかし、高千穂は宮崎市から二時間ほどの距離にあるため決して近いとは言えない。
宮交シティへの寄り道については見送る案も浮上したが、ここは「楽しいことはぜんぶやる」というみらくらぱーくの精神で、寄り道を含めて全て行くことにした。

ラブリーマイエンジェルめぐちゃん
宮交シティ前の交差点

宮交シティの宮交は宮崎交通を指しており、バスターミナルが併設されていた。
外観からでもかなり古いって、はっきりわかんだね。

ステンドグラス風の窓がおしゃれ
吹き抜け
ガリバー旅行記を題材にした絵だろう
施設内にはラジオの放送局もあった

宮交シティを出て延岡方面へ向かい、延岡ジャンクションで北方延岡道路(九州中央自動車道)へ入り高千穂へと向かう。
このあたりはまだ高速道路がぶつ切りで整備されている、いわゆるミッシングリンクという状態にあった。

道の駅で休憩とお土産の購入を済ませる

日本唯一干支の町というのは意味が分からなかったが、調べてみると住所表記として地名の代わりに十二支を用いたことが由来だった。

旧東臼杵郡北方町では、住所表記として大字や小字を用いずに
東臼杵郡北方町◯◯番地
などという表記をしていたというので驚きだ。

延岡市に合併された後は、従前から使われていた地名の通称(例:北久保山)を町名の後に付して
延岡市北方町北久保山◯◯番地
といった表記とされた。

特徴的な表記を残したかったのだろう。
地名の代わりに十二支の一文字だけを付すというのは従来からの地名が失われかねず、どうなのかとは思う。
しかし、世の中には市町村名の後に直接番地が記載されるような住所表記の市町村もあるため、それに比べたら十二支の一文字が番地の前に付されている方が知的な印象を感じられるかもしれない。


高千穂あまてらす鉄道

高千穂でのお目当ての一つだった高千穂あまてらす鉄道の高千穂駅へ到着した。
鉄道と名前が付いているが、一般の旅客輸送はしていない。
自然災害により廃線となった旧高千穂鉄道の一部施設等を観光用のアトラクションとして活用しているのだ。

ここでは高千穂橋梁を小型の鉄道車両で渡るグランドスーパーカートというアトラクションに乗るつもりだったのだが、なんと到着した時点でチケットは完売で乗ることは出来なかった。

我々が駅に到着したのは午後0時55分ごろだ。
チケットの予約は出来ないため先着順なのだが、まさか昼過ぎの時点で当日のチケットが完売しているとは思いもしなかった。
何の成果も得られず帰るのも嫌だったので、駅や車両だけでも見ていくことにしたのだった。

白色と桃色をした車両がグランドスーパーカート

右にある気動車はTR-202という旧高千穂鉄道時代に使用されていた車両なのだが、なんとこの車両の運転体験をさせてもらうことも可能となっている。
通常料金は一人一回2万円、運転できる距離は700mで約30分程度だという。
なお、こちらは要予約制で運転免許を有していることなどが条件だ。

運転台
車両は冷房付きの休憩所として活用されていた

天岩戸あまのいわと神社

高千穂あまてらす鉄道をあとにした私たちは、せめて近くにある高千穂神社でお参りをしていこうと思っていた。
しかし、そちらも周辺道路が大変混雑していて参拝を見送るという結果になってしまった。

海の日の三連休、夏休みの最初の連休ということもあったのだろう。
高千穂という観光地を舐めていたのかもしれない。

高千穂では普段の交通需要の低さからほとんど二車線道路しかないため、このような行楽シーズンの観光地周辺は非常に混む。
その上、周辺は狭い生活道路だらけで迂回路もないため、時期によっては周辺道路の渋滞にも注意が必要だ。

気を取り直して向かったのは、高千穂町の中心部から少し離れた位置にある天岩戸神社だ。
天孫降臨の地、神話にも登場するガチの聖地にある神社ということで、ここも目的地の一つだった。

天岩戸神社は西本宮と東本宮の二箇所に分かれている。
いずれも神社のすぐ側に駐車場があるのだが、混雑しているため駐車を断念してやむなく少し離れた第三駐車場に駐車することにした。

第三駐車場は広いため駐車台数には余裕があるが、とにかく遠いのが難点だ。
東本宮までは徒歩6分から7分、西本宮までは15分程度だったろうか。
徒歩移動が困難というほどの距離ではないが、この日は高温多湿極まる激烈な真夏日だった。
それこそ数分間屋外にいるだけで汗ばむような有様であり、もはや参拝に行くだけで修行だった

第三駐車場
道も狭い
岩戸川に架橋された天岩戸橋
かなりの高所だ
西本宮の参道入口

正面の交差点を右折すると西本宮の駐車場へ、左折すると高千穂町の市街地へと出る。

西本宮の参道
聖地である天岩戸は西本宮の裏手からしか見ることが出来ない
素晴らしい
西本宮 石鳥居

鶏のつがいがいた。
熱田神宮でも飼われていたが、神社では鶏を飼うことが多いのだろうか。

西本宮の社殿だが、拝殿があるのみで本殿はない。
これは拝殿の奥、川の対岸にある天岩戸そのものが御神体であるためだ。

神楽殿
(西本宮の旧拝殿)

西本宮の裏手からは神話の地であり、また西本宮の御神体でもある天岩戸を見ることが出来るが、神域ということでお祓いを受ける必要がある。

そこで遥拝希望者は集合場所に集まり30分おきくらいで神職が引率し、お祓いと遥拝を済ませるようになっていた。
なお、門より先は神域のため撮影は一切できない。

実際に天岩戸を見た感想だが、想像していたよりも洞窟のようには見えなかった。
過去に少し崩落したことが理由のようだ。
実際にどうなっているかは、ぜひ参拝して確認してみてほしい。

こちらは川を再び渡った先にある東本宮だ。
天照大御神が天岩戸を出て最初にお住まいになったのが東本宮で、次にお住まいを移されたのが西本宮だという。
西本宮と異なり質素な社殿や境内だったことや階段を上る必要があるからか、明らかに西本宮よりも参拝者は少なかった。
その分、落ち着いた雰囲気で参拝することが出来る点がよい。

木製の質素な鳥居
遠来の参拝者に対してとても優しい配慮が身にしみる

なお、天安河原は西本宮から徒歩15分程度もあり、時間もなく暑さによる消耗も考慮して遥拝で済ませた。


天岩戸神社を出たのは午後3時を過ぎたころだった。
このあとは八幡浜行きの午後6時30分発のフェリーに乗船しなければならなかったため、最低限の休憩やお土産の購入をしつつ臼杵港へと向かった。

高千穂町を出て西臼杵郡日之影町へと入り、道の駅が見えてきたので寄ってみることにした。
青雲橋せいうんばしとは国道218号に架橋された上路式アーチ橋のことで、道の駅にもその名を冠している。

これが青雲橋だ。
水面から137メートルもの高さがあり、その姿は圧巻であり美しい。
昭和59年竣工と思ったよりも古いのが意外だった。

道の駅には展望デッキが用意されている
青雲橋だよ、フラワ~

臼杵市内に到着した私たちは焦っていた。
大分に来たからには買っておきたいものがあったのだが、それがなかなか見つからなかったのだ。

その名は"ざびえる"───────

大分銘菓として抜群の美味しさを誇るこのお菓子をどうしてもお土産として買って帰りたかった私たちは、臼杵ICから臼杵市内へ入り片っ端からスーパーでざびえるを探してさまよい歩いていたのだ。
さまよえる愛知県人と言ってもいい。

エイメン

ざびえるというのは白餡が入ったバター生地のお饅頭のようなお菓子だ。
金のざびえるにはラム酒に漬けたレーズンを刻み込んだ餡、銀のざびえるには王道の白餡が入っている。
この美味しさに取り憑かれた私は、大分に行ったら必ずざびえるを買うようにしているのだ。

しかし、探せども全く見つからないまま時間が過ぎ、出航の時間が刻一刻と迫る。
ざびえる難民と化した私たちだったが、失意のままフェリーターミナルへと向かったのだった。

臼杵港へ向かう途中、川の中洲に派手なエンブレムと古びた工場が見えてきた。
よく分からないが印象に残ったので撮影したのだが、ここは何と醤油の生産量が九州一という大手調味料メーカー「フンドーキン」の本社だったのだ。

せっかくなので醤油か味噌を買ってくれば良かったと思っている。
麦味噌の生産量は日本一だそうだ。
私は豆味噌の方が好きだが、それほどの大手というと興味関心は湧く。

臼杵警察と道路を挟んで反対側にあった歩道橋がユニークならせん状をしていたので撮影してみたが、これだけの高低差がある理由は右側に公園となっている臼杵城跡があるからだった。

臼杵城は丹生島城とも呼ばれ、周囲を海に囲まれた丹生島の上に築城されていたという。
江戸時代から周囲が徐々に埋め立てられて水面は消失してしまったが、元々は海に浮かぶ島を用いた海城だったことから、これほどの高低差があったのだ。

臼杵城跡には地味な櫓が二つほど現存しているが、とても見て回る時間はなかったので見送っている。


宇和島運輸フェリーで八幡浜へ(帰路)

臼杵港フェリーターミナルへと到着した。
ここでは私たちが利用する宇和島運輸フェリーのほか、航路を同じくする競合他社のオレンジフェリーも隣接している。

やけに新しいフェリーターミナルだったが、これは工場があり貨物船も多く出入りする臼杵港で旅客船を分離するために建設されたそうだ。
将来的には道の駅も一体整備する予定があるらしい。

ちょうど令和7年5月に完成したばかりだった

さて、乗船したらまずは弁当だ。
行きの便では友人が乗船直後に弁当を買わなかったら売り切れてしまい、夕食を逃してしまっていた。
そのため帰りは友人と共に直ちに売店へ向かったのだが、なんと乗船直後から売り切れてしまっていた
さすがに在庫が少なすぎないか。

弁当は買えなかったが、思わぬものが売られていた。
そう、先ほど臼杵市内を縦横無尽しても見つけられなかった大分銘菓の"ざびえる"だ。
わざわざ臼杵市内を走り回る必要は皆無だった

こうして私たちは無事にざびえる難民という苦しみから解放され、フェリーの売店で救いの手を差し伸べられたのだった。
もはやカーフェリーの奇跡と名付けてもいいのではないだろうか。
この時なら海も割れそうだったと思う。

もっとも、本当に海が割れたら船が進めなくなってしまうが

さて、この写真を見て

いやいや、売り切れになっているじゃないか

と思った人もいるかもしれない。
安心して欲しい。
私はこの12個入りざびえるを買うことが出来ている。
いや、厳密に言えば私が買ったから売り切れになってしまったのだ。

それでは友人はどうか。
ざびえるを買ったのは私が先だ。つまり…
大変申し訳ないが、私がざびえるを買ったために友人は買えなくなってしまった

散々車内で友人に対して大分のお土産としてざびえるを絶賛し「買っていけ」とおすすめしていたためバツが悪かったが、幸い6個入りのざびえるは残っていたので友人はそちらを買っていくことが出来た。神に感謝。
ざびえる難民にならなくて済んでよかったね。

なお、友人も特に怒ってはいなかった。
結局買うことは出来たのもあるだろうが、さすが懐が深くてありがたい。

さて、問題は振り出しに戻った。
フェリー内の弁当をあてにしていたため、弁当を得られなかった時のことを全く想定していなかった。

もはや選択肢などあってなきが如し。
我々が次に祈りの言葉を向けたのは日清食品だった。

地球はうまかった

フェリー内にはカップラーメンの自販機が設置されていたのだ。
おかげで最低限の食事は済ませることが出来た。
ありがとう日清食品。

ガツンとカレーヌードル食べたいな
ラーメンを食べ終えデッキへと上がる
臼杵港
買っておいたおやつ
臼杵湾だよ、姫芽ちゃん

午後8時45分に八幡浜へ到着し、買い出しを済ませてホテルへ向かい三日目が終了した。


これで三泊四日の九州旅行も残り一日となった。
二日間という短い時間の割には宮崎県内を周ることが出来たと思う。

四日目は宿泊した愛媛県八幡浜市から愛知へ帰路についたが、せっかく愛媛まで来てそのまま帰宅するのはもったいないので寄り道をしている。
その「寄り道」の内容については次の記事で書くとしよう。

次の記事
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