#14|「それ、いいね!」を、仕事に変えるには?
【この記事で学べること】
会話の「いいね」を、AIで関係者が判断できる仮説へ変える方法
【1分でわかる、この記事のポイント】
・会議や雑談で生まれた「それ、いいね!」は、そのままでは仕事にならない事が多い。参加者が同じ言葉から、別々の完成形を想像していることも。
・AIを使えば、会話の熱が残っているうちに、顧客、課題、提供価値、関係者、実現条件、不明点、次に聞くことを一枚の粗案へ整理できるようになったので、まず最初の一枚として、企画を売り込む完成資料ではなく認識のずれや、足りない情報を早く見つけるための「共通のたたき台」を作るべき。
・共感を仮説へ、仮説を案件へ変える。AIで速く形にすることは、進めるべき案を見つけるだけでなく、早い段階でやめる判断にも役立つというお話。
Builder | Issue #14
第1章 | Builderとは何者か
よく飲み会の席で、お酒の勢いもあり大胆な提案などが出て、
「それ、いいね!」
「それ、絶対やるべきだよ!」
「あの会社と組んだら面白そうですよね」
と話が盛り上がることがあります。
ところが、大半はその後何も起きず、酒席の話で終わってしまいます。そんな経験はないでしょうか?
宴会に限らず会社の会議でも、「それ、いいね!」という話が出ても時間切れで終わり、議事録に一言だけ残っていても、次に何をするかは決まらず、最悪の場合、言った本人さえ忘れていることがあります。
以前は、こうした会話を企画の形にするだけでも相応の時間がかかりました。
もし本当に「それ、いいね!」と思いついたアイデアを具体化しようとすると、メモを整理し、関係する企業や市場を調べ、顧客や提供価値、役割分担を仮置きし、分からないことを質問に変える。
その作業を日々の仕事と並行して行うのは相当な負担なので、徐々に後回しになり、熱が冷めてしまうことも少なくありませんでした。
しかし今は、違います。
会話のメモをChatGPTに渡せば、その日のうちに
「誰の、どのような課題を解決するのか」
「関係者にはどのようなメリットがあるのか」
「成立に必要な条件は何か」
「次に誰へ何を確認するのか」
を整理し、1枚のたたき台にできます。完成した企画書ではなくても、次の人が読んで、修正し、判断できるものがあれば、会話は消えずに次の一歩へ進みます。
AIによって大きく変わったのは、資料をつくる速さだけではありません。「それ、いいね!」と言われた瞬間から、具体化に向けた最初の一歩を踏み出すまでの距離が、驚くほど短くなったことです。
「それ、いいね!」は、まだ合意ではない
ただし、「それ、いいね!」が、たとえ社長や役員の言葉であっても、そのまま組織としての合意と受け取るのは危険です。
純粋に面白いと思ったのかもしれませんが、話として共感しただけで、個人としては賛成でも、会社として判断できる立場ではない場合もあります。
私は仕事柄、企業同士をつなぐことが多いです。
それぞれが持つ顧客接点、商品、技術、販売網を組み合わせる相談を受けることも多々あります。例えば、多くのお客様との接点を持つ会社と、そのお客様に役立つ商品や技術を持つ会社が出会えば「両社が組めば面白い」という話になります。
しかし、詳しく聞いてみると、一方は自社商品の新しい販売先が増える話だと考え、もう一方は既存顧客へのサービスを充実させる話だと捉えていたり、また別の関係者は、広告や送客で収益をつくる構想だと思っているかもしれません。
同じアイデアに賛成しているように見えても、それぞれの頭の中には、別の完成形が描かれているのです。
だから必要なのは、その場の盛り上がりを信じ切ることでも、雑談として流すことでもありません。「それ、いいね!」の中に、確かめる価値のある仮説があるのかを、できるだけ早く見える形にすることです。
会話の直後に、AIで「最初の1枚」をつくる
私がAIに期待しているのは、曖昧な会話から、いきなり正しい事業計画をつくることではありません。会話の熱が残っているうちに、関係者が次の話をできる状態まで運ぶことです。
例えば、会話のメモや議事録をChatGPTへ渡し、次のように依頼します。
以下は、会議で出た新規事業のアイデアです。まだ合意された企画ではありません。
次の項目を整理し、A4一枚程度の企画メモにしてください。
・想定する顧客
・その顧客が抱えている課題
・顧客に提供できそうな価値
・関係者ごとの期待とメリット
・必要になりそうな役割、費用、データ
・この企画が成立しない可能性がある理由
・まだ確認できていない前提
・次に誰へ何を確認すべきか
情報がない部分は断定せず、「要確認」としてください。
これだけでも、会話の中で混ざっていた「事実」、「期待」、「推測」を分けやすくなります。
さらに、
「この企画を進めない方がよい理由は何か?」
「関係者ごとに、どのような利害のずれが起きそうか?」
「最初に一つだけ確かめるなら何か?」
と問い直せば、その場の盛り上がりによって見えなくなっていた弱点も洗い出せます。
重要なのは、AIから出てきた内容を完成品として扱わないことです。
市場規模を細かく調べ、収支計画をつくり、見栄えのよい提案書へ仕上げる前に、まず関係者へ見せます。「私は、先ほどの話をこう理解しました。違っているところを教えてください」と渡せる程度で十分です。
以前なら、たたき台をつくること自体が一つの仕事でした。
今は、会議が終わってから短時間で最初の1枚をつくり、その日のうちに次の確認を始められます。この差は、単なる作業時間の短縮ではありません。アイデアが忘れられる前に、誰かが反応できる状態をつくれるということです。
これは生成AIの普及による大きな変化ですし、今後、このような動きをする人がビジネスチャンスを掴むのだと思います。
最初の1枚は、説明より「ずれの発見」に使う
立場や専門性の異なる人たちが協働する際、全員が完全に同じ理解を持っていなくても、地図や記録、共通の書式など、同じ対象を間に置くことで話を進められることがあります。社会学では、こうしたものを「境界対象(Boundary Object)」と呼びます。
会話からつくる最初の1枚も、これに近い役割を果たします。
その目的は、アイデアの正しさを説明し、賛成を得ることではありません。
「この企画では、この顧客の状態を変えたい」
「各社には、このような役割を期待している」
「最初に確かめるべきことは、これだと思う」
と、会話から受け取った仮説を外へ出すことです。
形になれば、
「当社が期待しているのは、販売ではなく顧客満足の向上です」
「費用を出すのは当社ではありません」
「そのデータは社外へ出せません」
「この部署ではなく、別の部門に相談する必要があります」
といった反応が返ってきます。これは企画への否定ではなく、会話だけでは見えなかった前提が明らかになったということです。
企画が前進するのは、全員から「いいですね」と言われたときとは限りません。どこが違うのか、何が足りないのか、誰の判断が必要なのかが分かったときです。最初の1枚には、修正できる程度の粗さと、違いを指摘できる程度の具体性があればよいのです。
「共感」を「仮説」に変えるところから始める
会話が仕事へ変わる過程は、「共感」「仮説」「案件」の三段階に分けると分かりやすくなります。
「共感」は、「面白い」「あったらよい」という感情が共有された段階です。
「仮説」は、誰の何が変わるのか、どのような組み合わせなら実現できそうかを、いったん言葉にした段階です。
「案件」になるのは、責任を持つ人、最初に試すこと、必要な判断や予算、次の期限が決まってからです。
「それ、いいね!」と言われただけなら、まだ共感です。
AIが特に力を発揮するのは、この共感を、関係者が検討できる仮説へ変える場面だと思います。情報を整理し、抜けている前提を見つけ、複数の選択肢を出し、次に確認すべき質問までつくる。これまで時間がかかっていた「ゼロからたたき台をつくる仕事」を、AIは大幅に速くできます。
一方で、仮説を案件へ変えるには、人の仕事が残ります。
AIは、議事録だけを読んで、発言した人の本気度や社内での権限まで確定できません。表に出ない事情、触れてはいけない論点、誰がこの企画を自分の仕事として引き受けるのかも、現実の関係者へ確かめる必要があります。AIは最初のボールを驚くほど速くつくれますが、そのボールを誰に渡し、返ってきた反応をどう受け止め、次にどちらへ運ぶかは、人が決めなければなりません。
速く形にするのは、速く止めるためでもある
会話から生まれたすべてのアイデアを、案件にする必要はありません。
少し整理するだけで、顧客の課題が弱い、一社にしかメリットがない、実現費用に対して得られる価値が小さい、今取り組む優先順位ではない、と分かる場合もあります。
AIで短時間に最初の1枚をつくる目的は、アイデアを必ず採用してもらうことではありません。進める価値があるかを、少ない時間と費用で判断できるようにすることです。そのため、企画メモには「進める理由」だけでなく、「何が分かれば止めるのか」も入れておいた方がよいでしょう。
良いアイデアが評価される前に消えてしまうことと、弱いアイデアに大きな時間と費用を使ってしまうこと。AIは、どちらも減らせる可能性があります。具体化が速くなるほど、前へ進む判断だけでなく、今は進めないという判断も早くできるからです。
AIの速さを、仕事の速さへ変える
この連載の#005「Builderは、企画を動かすために何をしているのか?」では、企画と実現の間にある空白を扱いました。今回考えたのは、その一つ手前にある「会話と企画の間の空白」です。
AIによって、会話を文章や資料へ変える速度は、これまでとは比べものにならないほど上がりました。しかし、本当に重要なのは、短時間できれいな資料ができることではありません。「それ、いいね!」と誰かが口にした直後に、顧客、提供価値、関係者の期待、未確認の前提、次に聞くべきことを整理し、具体化に向けた一歩を始められることです。
私は、これもAI時代のBuilderが担う仕事の一つだと考えています。
会話の中に生まれた可能性を拾い、AIを使って素早く仮説に変え、関係者が修正や判断をできる形で渡す。違いが見つかれば書き換え、弱いと分かれば止め、可能性があるなら次の行動を決める。AIがつくったものを受け取って終わるのではなく、AIの速さを現実の仕事の速さへ変える役割です。
次に会議や商談で「それ、いいね!」という言葉が出たら、議事録をきれいに仕上げる前に、その会話をChatGPTへ渡してみてください。完璧な企画書を求める必要はありません。まずは、次の五つが見える1枚があれば十分です。
誰の、どのような状態を変えるのか?
関係者は、それぞれ何を期待しているのか?
成立には、誰の協力、判断、予算が必要なのか?
最初に何を確かめれば、進めるか止めるかを判断できるのか?
次に、誰が、誰へ、何を確認するのか?
空欄があれば、次に聞くべきことが分かります。認識の違いが見つかれば、大きな費用を使う前に書き換えられます。会話の熱が残っているうちに、AIで次の人が判断できる形へ変える。そこから、仕事は始まるのではないでしょうか?
しかし、アイデアを具体化しても、本人の「もやもや」が残ったままでは、事業は前へ進みません。
次回は、「横田さん、私、もやもやしてるんすよ」という一言から始まった新規事業を題材に、その違和感の正体をどう探り、事業の完成形へ変えていったのかを書きます。
参考
Susan Leigh Star and James R. Griesemer, “Institutional Ecology, ‘Translations’ and Boundary Objects,” Social Studies of Science, 1989.
