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仕事が速くなっても、生産性は上がらない

最近、次のような話をよく聞きます。

  • 生成AIで議事録の作成時間を90%削減した

  • 業務を自動化し、一人あたり一日5分を削減した。全社員分を合計すると、年間で何万時間にもなる

  • AIによって、ソフトウェア開発の速度が10倍になった

どれも分かりやすい話です。以前より短い時間で仕事が終わり、以前より多くの成果物を作れるようになっています。一般的には、これを「生産性向上」と呼ぶようです。

しかし、本当に生産性は上がっているのでしょうか。

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「日本の生産性が低い」は、仕事が遅いという意味ではない

「日本は生産性が低い」とよく言われます。日本生産性本部によると、2024年の日本の時間当たり労働生産性は、OECD加盟38カ国中28位でした。

ここでいう生産性とは、1時間働いて、どれだけの付加価値を生み出したかという指標です。日本人がメールを書くのに時間がかかるとか、議事録を作るのが遅いという話ではありません。一定の労働時間に対して、企業や経済全体が生み出す価値が小さいという話です。

一方、職場では、作業時間が短くなっただけで「生産性が上がった」と表現されることがあります。議事録を30分から3分で作れるようになれば、議事録作成という作業の効率は上がっています。しかし、それによって会議から生まれる価値が増えたとは限りません。

従業員の局所的な作業効率と、会社全体の生産性は、別のものとして考える必要があります。

生産性は5段階で考える

職場の生産性は、次の5段階に分けると分かりやすくなります。

  1. 活動量

  2. 作業効率

  3. 工程効率

  4. 有効性

  5. 事業価値

第1段階は、活動量です。何件の議事録を作ったか、何人の応募者を集めたか、何本の提案書を作ったか、何行のコードを書いたかといった、仕事をした量を測ります。

第2段階は、作業効率です。一つの資料を作る時間や、一件の処理に必要な費用が、どれだけ減ったかを見ます。

第3段階は、工程効率です。個別の作業だけではなく、仕事が最初から最後まで完了するまでの時間と品質を見ます。採用なら求人を始めてから入社するまで、開発なら企画してから顧客が使える状態になるまでです。

第4段階は、有効性です。その仕事によって、当初の目的を達成できたかを確認します。必要な人材を採用できたか、会議で必要な判断ができたか、顧客の問題を解決できたかという段階です。

第5段階が、事業価値です。売上や粗利が増えた、顧客の継続率が上がった、残業や外注費が実際に減った、事故や損失の確率が下がったといった、会社や顧客に残った価値を見ます。

職場で「生産性向上」と呼ばれる事例の多くは、第2段階までしか確認していません。作業が速くなったことは分かります。しかし、仕事全体が速くなったのか、目的を達成できたのか、事業に価値が残ったのかまでは検証されていないことが多いのです。

一日5分を削減して、何が変わったのか

一人あたり一日5分の作業時間を削減したとします。社員が1,000人いれば、年間では約2万時間になります。数字だけを見ると、大きな成果に思えます。

しかし、人員が減ったわけでも、残業が減ったわけでも、顧客対応が増えたわけでもないかもしれません。毎日5分ずつ空いた時間は、メールを見る時間や会議を待つ時間、雑談やSlackに吸収されやすいものです。

この場合、作業効率は上がっています。しかし、事業価値が増えたかどうかは分かりません。時間削減を価値へ変えるには、削減した時間をまとめて別の仕事へ移す、残業や外注を減らす、処理能力を増やすといった設計が必要です。

「年間2万時間を削減した」という数字は、価値を生んだ証明ではありません。実際には日々の業務の隙間へ消えていったかもしれない時間を、足し合わせただけとも考えられます。

応募者を10倍にして、採用の仕事も10倍にする

応募者を月100人から1,000人へ増やした場合も同じです。活動量は10倍になっています。しかし、採用したいのは応募者そのものではありません。必要な能力を持ち、入社後に成果を出せる人です。

採用人数が変わらず、応募者の質も変わらず、書類選考の負担だけが増えたなら、採用の生産性はむしろ下がっています。

営業資料も同様です。生成AIで資料を10倍作れるようになっても、商談数や受注率が変わらなければ、事業価値は増えていません。確認する資料だけが増え、上司や顧客の仕事を増やしている可能性もあります。

活動量が増えたことと、成果が増えたことは別です。仕事の入口へ大量の材料を投入しても、出口から出てくる価値が増えるとは限りません。途中の選別や確認が増え、かえって工程全体を重くすることもあります。

機能を10倍速く作る

ソフトウェア開発では、「開発速度が10倍になった」という言葉に注意した方がよいと思います。コードを書く速度なのか、本番へリリースする速度なのか、顧客の問題を解決する速度なのかによって、意味がまったく異なるからです。

AIで実装が速くなっても、レビューやテストがボトルネックなら、工程全体は速くなりません。生成量が増えた分だけ確認や修正が増えれば、全体では遅くなることさえあります。

さらに、顧客にとって不要な機能を10倍速く作っても、事業の生産性は上がりません。使われない機能が増えれば、保守費用や障害リスクが増えます。画面も複雑になり、既存顧客にとって使いにくい製品になるかもしれません。

価値のないものを速く作ることは、生産性向上ではありません。無駄の高速化です。

最も効率的なのは、仕事をなくすこと

多くの生産性向上施策は、「今の仕事をどうすれば速くできるか」という問いから始まります。議事録をAIで作る、申請書を自動入力する、報告資料を生成AIで作るといった取り組みです。

しかし、その前に考えておきたいことがあります。

その仕事は、本当に必要なのでしょうか。

誰も読まない議事録なら、作成時間を30分から3分にするより、作らない方がよいでしょう。価値の低い承認作業なら、自動化するより承認自体を廃止した方がよいかもしれません。顧客が使わない機能なら、速く作るより作らない方がよいはずです。

作業効率は、「この仕事をどう速く行うか」を問います。一方、有効性は、「この仕事を行う意味があるか」を問います。

作業効率だけを追いかけると、不要な仕事まで上手に処理するようになります。さらに、効率化のためのツール選定、導入会議、社員研修、利用状況の集計、成果報告といった新しい仕事まで生まれます。

元の仕事に価値がなければ、その効率化を支える仕事にも、あまり価値はありません。

偽の生産性向上が、生産性を下げる

「生産性が上がった」という話を聞いたときは、何が変わったのかを順番に確認するとよいです。活動量が増えたのか、作業時間が減ったのか、工程全体が短くなったのか、目的を達成できたのか、会社や顧客に価値が残ったのかを見ていきます。

最後に問うべきことは、単純です。

それによって、売上、利益、顧客、品質、リスクの何が変わったのでしょうか。

すぐに事業価値まで測れない仕事もあります。それでも、どのような因果によって価値へつながるのかという仮説は必要です。仮説があれば、後から施策の有効性を検証できます。

反対に、有効性を示さず、事業価値への経路も説明できない施策を、安易に「生産性向上」と呼ぶべきではありません。その施策を進めるために、ツールを比較し、稟議を書き、会議を開き、社員を研修し、削減時間を集計し、経営会議へ報告します。それでも、会社にも顧客にも新しい価値が残っていないのであれば、生産性を上げたとは言えません。

生産性向上という名前で、新しい無駄仕事を作っただけです。

日本の生産性を下げているのは、社員が仕事をゆっくり進めていることだけではないと思います。価値の低い仕事を効率化し、その効果を確かめないまま、効率化のための仕事をさらに増やしていることも原因の一つではないでしょうか。

仕事が速くなったことは、生産性向上の入口にすぎません。

事業価値へつながらない「偽の生産性向上施策」こそが、日本企業の生産性を下げる無駄仕事になっているのです。

関連記事です。生産性をあげるために仕事を減らす必要性について書いています。


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